自分なりにできる小さなことがきっとあるはず
取材・文 | ニイマリコ | 2024年12月
通訳 | 原口美穂
Photo ©Adam Peter Johnson
――『Come Ahead』はPRAIMAL SCREAMとしては8年ぶりの作品になりますが、前作からそんなに経ったのか、と驚いています。ライヴだけでなく、あなたはコロナ禍であってもJehnny Bethとの共作アルバム『Utopian Ashes』(2021, Silvertone)をリリースし、初の自伝『Tenement Kid』(2022)を書き、他アーティストとのコラボレーションやSNSで意見を発信したり、とても旺盛に活動されているので、ブランクを感じさせません。昨年は映画『5 Hectares』(2023, エミリー・ドゥルーズ監督)のサウンドトラックまで手掛けられました。そのモチベーションはどこから湧いてくるのでしょうか。
「フィーリングだよ。自分の感情。それだけ。自分が何を感じるかがやる気を起こさせるんだ」
――今作はディスコ、ファンクなどを取り入れたゴージャスなサウンドなのですが、歌詞の内容は非常にヘヴィだと思います。格差社会や戦争、暴力についての批判、歴史についてや政治的なメッセージもいつになく強烈に入ってきますね。そして全編を通して、コアには“怒り”を感じたんです。
「間違いないね。例えば“Circus Of Life”という曲では、アル中で怒りに取り憑かれているような人物を描いている。でも、それによって彼らを批判しようとしているのではなく、アルコール中毒者が持つ永遠の怒りと自己破壊的な行動をそのまま描写しているんだ。友人たちや世間に暴言を吐く姿。彼らは常に燃え滾っているようなものだ。俺にはその気持ちがわかるんだよ。俺自身も怒りを抱えているからね。グラスゴーで育ったこと、労働者階級で育ったことがトラウマになっている。グラスゴーは攻撃的で暴力的な一面のある街で、肉体的にも精神的にも自分自身を守る術を考えなければならない。自分自身でもそれに気付いていないけれど、どこへ行っても、その攻撃性、防衛性、怒りを常に引き摺っているんだよ。自分がそれに取り憑かれていることに気付いてさえいない。あの曲の中では、アル中のキャラクターを通して、そういう逆上や怒りといったテーマについて書いているんだ。“Innocent Money”では、ホームレスについて書いている。社会の底辺にいるホームレスが、セーフティネットの網の目を擦り抜けて、社会から見放され、社会の片隅で暮らしている。彼らはネズミと一緒にゴミを漁っている。この曲で、俺は資本主義の不公平さ、行き過ぎた資本システムについて言及しているんだ。その魂には怒りがある。彼はどこにも泊まる場所がない。彼は路上で暮らし、運河のそばで眠り、食事をし、ゴミを食べ、ネズミを食べる。でも、彼の生活はかなり極端だけれど、どこか冷静なんだよ。俺たちは、その歌詞をすごくハッピーでアップビートなディスコ・ミュージックに乗せて踊れる音楽にした。退廃した人間と楽しい時間、エロティシズム、フィジカルな音楽を並置することで、真のアートを作りたくてね。そのふたつの面を合わせたらおもしろいと思ったんだ。男は喜びのない人生を送っている。でも、俺たちはそれを喜びに満ちたサウンドに合わせて歌って、怒りを混乱させているんだよ。本来は、こういう内容を歌った曲には怒りに満ちたサウンドが合うのかもしれない。でもそうする代わりに、暗くて悲しい物語を陽気な音楽に乗せて語っている。怒りを美しく陽気な方法で表現することで、人々に示唆を与えられるし、疑問を投げかけられると思ったんだ。自分たちの国は裕福だけれど、その裏にはホームレスや子供の未曾有の貧困問題が隠れているかもしれないってね。それは怒りを昇華させて、美しいものに変える方法でもあるんだよ」
――素晴らしいですね!このアルバムには映画的なイメージも持っていたのですが、音楽とそういったテーマの間にあるギャップが、想像を刺激するのかもしれません。
曲単位でいろいろと伺いたいのですが、5曲目の「Melancholy Man」、本当に美しい曲ですが、これも救いのない人物が主人公です。しかしあなたは彼を慈しむように、とても優しく歌っています。PRIMAL SCREAMには素晴らしいバラードがたくさんありますが、近年は歌いかたが非常に深く、丁寧になった気がしています。何か意識はされているのでしょうか。
「本当?前より?それは自分では気付かなかったな……。ただ俺はもともと、個人的には柔らかい曲を作るのが好きなんだ。プロデューサーのDavid Holmesが関わる前は、どの曲もすごく柔らかだった。でもDavidが参加してから、ディスコのリズムを付けたり、全体的にスピードを上げるというアイディアが出てきた。だから、これがもし俺のソロ・アルバムだったら、もっと穏やかな感じに仕上がっていたと思うよ」
――そうなんですね。曲作りはアコースティック・ギター1本から?
「そうだよ。ギターで弾いたものをスマートフォンで録音して、そこからほとんどの曲がスタートしたんだ。アイディアが降りてきたら、とりあえずギターで弾いてレコーディングして、保存して……こんな風に……(実際にギターを持って弾き語りをしてくれたり、録音アプリの画面を見せてくれたりする)」
――スマートフォンのアプリなんですね!もうひとつの美しいバラード「Heal Yourself」についてなのですが、『Utopian Ashes』では“離婚”というモチーフがあった、という記事を読んだのですが、この曲は愛の深さについて歌っているように感じました。
「うーん、ちょっと違う。離婚についてではなくて、2人の人間について、という感じだね。“Heal Yourself”は、依存症で人生がどうにもならなくなっていた人物が、他者の愛によって救われるっていう内容。愛の力について、とでもいうか。愛の力で、傷ついた人が元通りになる。その曲では、誰かに依存して心を閉ざす代わりに、もっとオープンになって、他の人々を迎え入れて受け入れることの必要性を歌っている。もっと謙虚になれっていうことだな。守りに入るのではなくて、愛のために心を開く。“Heal Yourself”はそんな曲なんだ」
――7曲目の「Circus Of Life」や最後を飾る「Settlers Blues」は、まるでスポークンワードのようにたくさんの言葉が詰まっています。こういった曲が登場するのも今作の大きな特徴です。まず歌詞を書いて、そこに曲を乗せていくという作りかたをしたのではないでしょうか。
「うんうん。今回は言いたいことがたくさんあったから、曲の長さ自体も長くなっているしね。“Settlers Blues”なんて特に長い。PRIMAL SCREAMであそこまで長い曲を書いたのは初めてだった。今回は言いたいことを全て言う自由があったから、全部吐き出したかったんだ」
――その「Settlers Blues」では、スコットランドやアイルランドの歴史にも踏み込んでいて、叙事詩のようにも感じました。しかし、ラストにはIt's happening somewhere again and again
とあります。どこかで繰り返し、起こっていることだと。現在にも繋がっている、ということでしょうか。
「帝国主義、植民地主義、植民地支配の歴史について書いた。何世紀にも亘って存在する人間と人間の間の暴力、そしてその暴力がいかに終わりを迎えないかについて触れているんだ。俺たちはそういった暴力を経験した国の出身だから。そして今も、世界には同じように植民地支配や女性への暴力に苦しむ人々が存在している。“It’s happening somewhere again and again”という部分は、ヨルダン川西岸地区とガザ地区を、イスラエル政府がパレスチナに何をしているのかを見ればわかるように、今もそれは起こっているということを意味しているんだ。パレスチナ人が抹消されようとしている。彼らを拷問する男たちが存在し、女性や子供を殺している。大量虐殺があり、民族浄化があり、それは終わることがない。この曲が追求しているのは人類の負の側面で、内なる闇について書いているんだよ」
――あなた個人のルーツに立って書かれたものですが、国境や文化を超えてそれは伝わるはずだ、という意志を持っているんですね。
「そう。スコットランド人やアイルランド人はイングランド人に抑圧され、殺害され、征服された。イングランドの抑圧で彼らはスコットランドとアイルランドを去り、アメリカ、カナダ、オーストラリアに移住しなければならなかった。でもその後、スコットランド人とアイルランド人は、それらの国の先住民をイギリス人やイタリア人と一緒に弾圧したんだ。だから歌詞には、“When the conquered become the conquerors A murderous diaspora They’ll stab and shoot and persecute The boot now on the other foot(征服されたものが征服者となるとき 殺戮のディアスポラ 彼らは刺し、撃ち、迫害するだろう 今や立場は逆転した)”という部分がある。パレスチナで起こっていることを考えると、ユダヤ人は何世紀にも亘って暴力を受け、ひどい目に遭ってきた。特にナチス時代はひどいことが起こったけれど、今のイスラエルの状態を見ると、彼らが今、逆に抑圧者になっている。つまり、被害者が加害者になる可能性を歴史が証明しているんだよ。性的虐待を受けた人が、大人になって虐待をする側に回ってしまうことがあるようにね。この曲では、そういった暴力の連鎖について歌っているんだ。それが人間というものだから。俺はこの曲で、様々な歴史の観点から語っている。スコットランドやアイルランドに特化して書いたわけではなくね。(拳を振り上げながら)パレスチナに自由を!」
――パレスチナに自由を!しかし、負の連鎖、終わらない暴力、虐殺や戦争のことを考えると、とても悲しく、虚無的な気持ちになってしまいます。あなたはどうですか?そういうときはどうしていますか?
「これが世界のありかたなんだとまずは気付くこと。世界は常に、軍事的手段であれ、経済的手段であれ、テロ、暴力、征服を歴史の中で繰り返してきた。人間は、常に他の人間に対して支配権を握ろうとする生き物だから。それは永遠の闘争だ。カール・マルクスはそれを階級闘争と呼ぶかもしれないけれど、おそらく彼は正しかったんだと思う。でも、そんな中でも自分たちができる最善のことは、意識を高くもち、多くの本を読み、関心を持ち、そして自分なりの小さな方法で何か、誰かの助けとなって、変化を生み出すように努力すること。例えば、先週PRIMAL SCREAMは、Paul Weller、KNEECAP、Paloma Faithといったアーティストたちと一緒に、ガザ地区への医療支援を目的にチャリティ・コンサートをやったんだけど、£115,000を集めることができた。こういうことも、俺たちにとってはできることのひとつだと思う。自分なりにできる小さなことがきっとあるはず。もし君がプラットフォームを持っていたら、それを使って人々にメッセージを広げることができる。SNSのアカウントもそのひとつだし、そういう場で特定のテーマに関する興味深い記事へのリンクを貼るのもひとつの方法。俺たちはマイクとギターとドラムを持ったロックンローラーにすぎないから、イスラエルのような国の民族浄化や大量虐殺を止めるような軍事力や経済力は当然ない。でも、声を届けることはできる。ロックンロールができることのひとつはそれなんだ」
――あなたのようなメッセージを発するアーティストは日本では本当に少ないんです。そして圧倒的な数の国民が社会や政治に対して無関心で、非常に危険だと感じています。そういった状況について何か考えがあれば伺いたいです。
「それは、政府がコントロールしている部分もあると思う。イスラエルやパレスチナ、アイルランド、スコットランド、イギリスといった世界の様々な地域で人々が権力構造に疑問を投げかけていることに関心があれば、自然と日本の権力構造にも疑問を持つと思うんだけどね。でも日本の権力者は、君たちが疑問を持つことを望んでいないんだ。だから、野球やポップ・ミュージックのコンサート、テレビ、映画をたっぷりと提供する。その全てが気晴らしになって、問題から目を背けさせるからね。ローマ人 / ローマ政府にはパンとサーカスがあった。彼らは民衆にパンを与え、剣闘士やサーカスを見せて民衆の気を紛らわせ、人々が政治に無関心になるよう仕向けたんだ。それは、エジプト、ドイツ、ブラジルをはじめ、どの国も同じ。日本に限らず、権力構造は、人々が疑問を抱くことなく、ただ眠っていてくれることを望んでいるんだよ。人類という船で人々は競争を繰り返し、深い暗黒戦争に向かっている。つまり、俺たちは厄災に、終末に向かっているんだ。人類の絶滅にね。これからもっと戦争が起こるだろうし、気候変動で災害、海面上昇も起こり、地球は温暖化する。2060年までに地球がどんどん温暖化すれば、5,000万人もの気候難民が南半球から北半球へ向かうことになる。でも政府は結局、それを解決するためではなく、基本的に各国の権力構造を現状のまま維持するためだけに存在しているんだ。でも俺は、権威、政府、英国政府に疑問を持つように育てられた。英国政府は英国国民の利益のために行動しているわけではないからね。富裕層やエリート、旧貴族、テクノロジー大手、大企業のために行動している。政府というものは、そういう奴らのためだけに動いているんだ。だから、疑問を持つということは大切なんだよ」
――ありがとうございます!最後に1曲目の「Ready to Go Home」について聞かせてください。これも父親を亡くされたとき(アルバムのカヴァー・アートにはGillespieの父親の写真が使われている)に作られたという記事も読んだりしたんですけど……。あなたの死生観というか、ここで唄われる“Lord”つまり“神”についてどのように思っているのでしょうか。
「いやいやいや、父のことではないよ。父が亡くなる前に書いた曲だからね。これは単に自分についてのことなんだ。63年間、俺は良い人生を送ってきたと思っている。やりたいことをたくさんやれたし、まだ生きていることを楽しんでいるし。でも、もし何か起こったとしても、俺はそれを受け入れようっていう、そんな曲なんだよ。俺はこの宇宙ではただの小さな粒子でしかないから。宇宙を前にすると謙虚な気持ちになる。それにユーモアを混ぜて歌っているんだ。俺は神を信じてはいない。でも、宇宙の生命力は信じている。木の葉のように、庭の小鳥のように、ミミズやハエやカブトムシ、犬や猫やカモシカのように、俺も宇宙の一部だよ。そして知覚を持つ存在で、生きている存在。もちろん生きていることは楽しいし、死にたくはない。でも、もしそういうときがきたらその準備はできているっていうこと。最初にギターで書いたときはすごく悲しい曲だったんだ。でもファンキーなサウンドを付けて今みたいな感じになった。これも内容は悲しいけど音はハッピーな曲のひとつだね。ダークなユーモアを込めている。歌詞を書いたときは、ゴスペル・ソングみたいな感じだったんだ。伝統的なゴスペル・ソングは、地上で苦労した人、奴隷として働いていた黒人が、自分が死んだら善良なキリスト教徒である限り天国に行って、全てがうまくいくと信じたくて歌っていたものだった。俺は天国も神も信じてはいないよ。でも、俺が死んで土に還れば、ミミズに食べられ、それによって命が続いていく。俺はただのひとりの男で、それ以上の何でもないから、大したことないんだ。宇宙を前にすると、そんな感じで謙虚になれる。エゴが消えていくんだよ」
■ PRIMAL SCREAM 来日公演
| 2025年1月4日(土)
"rockin'on sonic"
千葉 幕張メッセ 国際展示場
https://rockinonsonic.com/
| 2025年1月5日(日)
単独公演 "rockin'on sonic extra"
大阪 桜島 Zepp Osaka Bayside
開場 17:00 / 開演 18:00
1Fスタンディング 9,500円 / 2F指定席 12,000円(税込 / 別途ドリンク代)
※ 未就学児入場不可
企画・制作・招聘: クリエイティブマンプロダクション
※ お問い合わせ: キョードーインフォメーション 0570-200-888
| 2025年1月7日(火)
単独公演 "rockin'on sonic extra"
愛知 名古屋 DIAMOND HALL
開場 18:00 / 開演 19:00
9,500円(税込 / 別途ドリンク代)
※ 未就学児入場不可
企画・制作・招聘: クリエイティブマンプロダクション
※ お問い合わせ: キョードー東海 052-972-7466
■ 2024年11月8日(金)発売
PRIMAL SCREAM
『Come Ahead』
https://primalscream.lnk.to/ComeAheadPR
[収録曲]
01. Ready To Go Home
02. Love Insurrection
03. Heal Yourself
04. Innocent Money
05. Melancholy Man
06. Love Ain't Enough
07. Circus Of Life
08. False Flags
09. Deep Dark Waters
10. The Centre Cannot Hold
11. Settler's Blues