Review | IGGY & THE STOOGES『Raw Power』


文・撮影 | 上田真平 (Group2)

 日々、Spotifyで音楽を聴いている。そこでは有限的な自分の人生に比べると、無限と言っていいほどの膨大な数の楽曲が存在していて、指先のわずかな動きひとつで、それらの音楽に瞬時にアクセスすることができてしまう。このある種異常な身体感覚は、ストリーミングによって“音楽を聴く”ことよりも、“音楽を聴かない”という行為を自分に促しているような気がする。

 例えば、レコメンド機能によって、いま聴いている曲に関連する曲がSpotifyのホーム画面に現れて、次に聴く曲をその中から選択して、再生する。新たに再生されたその曲に関連する曲が、また新たにホーム画面に現れる。これを繰り返しているうちに、自分の中にひとつの傾向というものが生まれて、オススメされる曲もさらに洗練されていく。このように、自分が何を聴き何を聴かないかという選択は、無限にレコメンドされ続ける曲の中だけで行われている。次々と視界に飛び込んでくるオススメの曲に、無思考に指先を動かすことでアクセスしているだけのこの状況は、もはや、インターネットに放流された曲が、ただ自分の意思とは無関係に再生と停止を繰り返しているだけに過ぎない。つまり、そこには能動的な“聴く”という身体が存在せず、受動的な“聴く = 聴かない”身体しか存在しないのではないか。そんなイメージを抱いてしまう。

スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』

 スティーヴン・ウィットの著作『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』(ハヤカワ)は、音楽がフリーになっていく歴史を描いたノンフィクション群像劇だ。mp3圧縮技術の開発者と、田舎のCD製造工場に勤めていた音楽リークグループの一員と、大手メジャーレーベルのエグゼクティヴという三者の欲望が入り乱れることで、現在の音楽文化の状況へと結実していく様が克明に描かれている。その3名の周りには、iPodをリリースするスティーブ・ジョブズがおり、作った曲を無料でネットに公開することを早い時期からやっていたリル・ウェインがおり、トレント・レズナーも利用していた「Oink’s Pink Palace」という無料音楽ライブラリーを作ったアラン・エリスという青年がいた。それら脇役たちの暗躍も手伝い、かくて音楽は無料になって云々、というのが本書のメインストーリー。特筆すべきは、これら登場人物の誰もが、音楽について切実に語ることはないし、誰もが音楽を一番大事だなんて思っていないということだろう。しかし、(不思議なことに?)誰もが音楽産業を潰す気もないし、また誰もが個人的な経験から音楽を愛している。この微妙なねじれを抱えたプレイヤーたちの活躍が、SpotifyやApple Musicといったプラットフォームの登場を用意したのは、言うまでもない事実だろう。しかし、“音”という現象の特性を考えてみれば、これは必然的な帰結なのかもしれないとも、また思うのである。mp3圧縮技術の開発者や、音楽リークグループや、大手レコード会社のエグゼクティヴたちの仕事を恨んでも仕方がない。音楽を聴くと言う行為が、ある特定のアルゴリズムによって駆動されることで、能動的な“聴く”身体を失ってしまったのだとしたら。僕らは各々の仕方でこの状況を乗り越えていくしかないのだ。

 かつてCDやレコードで音楽を聴いていた日々を思い出してみる。中学~高校の時は地元の図書館でCDやレコードをよく借りていた。ある日、いつものように学校の帰りに図書館に行きCD棚を見ていると、『淫力魔人』という如何わしげなタイトルに、上裸の男がマイクに寄り掛かった姿だけが写ったジャケットのアルバムが目についた。その怪しさに惹かれて、家に帰って安いオーディオでこのCDを再生してみた。1曲目の「Serch & Destroy」という曲のイントロのギターリフが流れた瞬間、オーディオがぶっ壊れてしまったかと思った。CDの音質がそう感じさせていたのだ。数年後、レコード屋でアナログの『淫力魔人』を見つけたので、より過激な聴覚体験を期待しつつ買って聴いてみたが、あのCD特有のノイズがなくなっていて、興醒めしたのを覚えている。それから僕は、IGGY & THE STOOGESはCDで聴くべき音楽かもしれない、と思うようになった。

IGGY & THE STOOGES『Raw Power』

 この発見は“音楽はいろんな方法で存在している”ということを僕に思い知らせた。CD由来の音質というものがあり、またCDというメディアで再生することでしか得られない体験がある。これは配信よりもフィジカルが大事だという話しではない。もちろんSpotifyやApple Musicでしか聴けない音楽があり、BandcampやSoundCloudにしかない音楽だってある。つまり、CDもレコードもカセットもストリーミングもダウンロード販売も、あらゆる音楽メディアの全てが横並びになっていて、僕らはそのアクセスする先を自由に選択できるということ。その音楽の存在の仕方のバリエーションの豊かさこそ、健全な音楽のあり方ではないだろうか。これを理解していれば、サブスクによって得てしまった受動的な“聴く”身体は、能動的な“聴く”身体へと回帰させることができるだろう。冒頭の悩みから僕を救ったのは、なんとTHE STOOGESだった。

 偉そうなことを書きながら、やはり自分はほとんどSpotifyで音楽を聴いている。レコメンド機能が無限にサジェストしてくる古今東西の音楽の渦の中に放り込まれた今だからこそ、初めて「Serch & Destroy」を聴いた時に感じたあの異様なノイズを思い出したい。そう思いながら、営業再開して間もないレコード屋に出かけるのだった。雨の中。

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上田真平上田真平 Shinpei Ueda
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1992年、東京都文京区生まれ。
Group2でベースと作曲など担当。
普段はメディアアートを展示する都内の某施設にて、展示を作る仕事をしてます。