Review | UNCIVILIZED GIRLS MEMORY『HEAVEN』


文 | 鈴木 操

 音とは、存在の迂闊さである。端的に言って、存在していると音が生じるし、音が生じるということは存在している。

 筆者は一時期、頭内爆発音症候群に悩まされていた時期がある。この病気は不眠症の類いで、入眠時に突然とてつもなく大きな爆発音が生じ、無理やり覚醒させられてしまう大変迷惑なものだ。病気の原因や理由はさておき、この爆発音の非常に興味深いところは、筆者の脳内にのみ鳴り響く幻聴というところだ。つまりこの脳内で炸裂する爆発音は物質的に生じている音ではなく、私の脳のシステム・エラーによって生じた私の脳内だけに実在する、実際には存在していない音なのである。

 人間の精神活動にとって、音とは一体なんだろうか。音によって作られる実在性、あるいは存在の寄る辺というべきか、音とは、未だ潜在的な何かや、存在として安定していないものを私たちに知覚させようとする前駆物質的なところがある。音と聴者の化学反応によって、聴者の脳内に本来は見えざるものや聴こえない音が現れたとしたら、そのヴィジョンが客観的には存在していない不可知なものであるにしても、聴者の脳内に抽象的な形で実在しているのだ。音は不可視であるがゆえに人々の脳へダイレクトに作用し、言語やイメージとは違う回路において、不可知なものへと向けられた抽象と具象のネットワーク = 精神と身体を造形する。特に現代におけるノイズという方法あるいは“音楽”は、かつて聖典化された宗教が生み出してきた古典音楽とも違い、不可知なものを不可知なままにしておいて向き合うのに一番適した様式かもしれない。UNCIVILIZED GIRLS MEMORY(以下 UCGM)の『HEAVEN』を聴いて真っ先に抱いたのは、このような感慨であった。

 もちろんアルバムの表題と収録曲の表題からは不可知なものの可視化の欲望を感じさせるが、実際の音はその欲望を破壊してしまう矛盾した攻撃性と切なさが渦巻いており、またそれに伴なって生じる孤独や沈黙への肯定的態度が見て取れる。この自同律の不快の表明は、方法が音であるがゆえに雄弁さが際立つし、UCGMの詩的感性が高密度に凝縮されている。他方でUCGMの音は、ノイズが系譜的に負ってきたインダストリアルでポストヒューマン的な機械主義、アンチ・ヴァイタルな主題を気配として当然纏ってもいる。そこにはジャンル的な意味があるし、新しさの差分や音楽というカルチャーが持つ共同性において、コンテンツ的流通を可能にしてもいる。

 だが今、この不吉な時代において、音を聴くことにどれだけ意味があるだろうか。いやむしろ音を聴くことに意味があったことなどかつてあっただろうか。意味があるということに価値がある環境とは、意味の交換が生じる社会的コミュニケーションを必要とする際に限られる。かたや音を聴く体験とは、そういった社会性を前提としない環境において個人の脳内で自由に存在してきたはずだ。このような単独性を安易に反社会的なものであると見なすのではなく、私たちの精神世界を押し広げることを可能にするひとつの方法であると捉えるべきであろう。

 その点においてUCGMの『HEAVEN』が持つ可能性とは、ほとんど音楽の可能性と一致する。現代のメディア環境において“音楽を聴く”という行為は、インターネットを前提とした現代的生活の明るさのなかで、もはや自然かつ習慣的なものとなっている。そのような環境にてUCGMの『HEAVEN』は、“音楽を聴くことの不自然さ”を取り戻そうとしているように聴こえる。それゆえUCGMが表す自同律の不快は、音楽を聴く行為に対する批評的感性なのであり、『HEAVEN』は、私たちの実存にすでに組み込まれてしまった、音楽を聴くという生理に対して危機を告げる、天使が住まう場所を描き出そうとしている。ただその天使がラッパを吹くか否か、はたまたその音が聴こえるか否かは、よもや誰も知る由もないが、ゆえに音を鳴らすことと音を聴くことの狭間で、私たちはこれからも不可知な世界をコンシーヴ(conceive)し、対峙し続けるしかないのだ。

■ 2023年10月18日(水)発売
UNCIVILIZED GIRLS MEMORY
『HEAVEN』

CD OOO-50 2,000円 + 税
https://ultravybe.lnk.to/UCGM-HEAVEN

[収録曲]
01. Incubator
02. Ode to the angels embryo
03. エス
04. Raven
05. R0G0B255
06. Etude for heaven
07. Reserved death
08. Cadenza
09. Heaven
10. ex.Heaven

Photo ©鈴木 操鈴木 操 Sou Suzuki
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1986年生まれ。彫刻家、文筆家。文化服装学院を卒業後、ベルギーへ渡る。帰国後、コンテンポラリーダンスや現代演劇の衣裳デザインアトリエに勤務。その傍ら彫刻制作を開始。彫刻が持つ歴史と批評性を現代的な観点から問い直す作品を手がける。
主な展覧会に「fortunes」(TAV GALLERY, 東京, 2023)、「BALMUNG 2021 A/W collection「N//O//T」」(Rakuten Fashion Week TOKYO, 東京, 2021)、「the attitude of post-indaustrial garments」(MITSUKOSHI CONTEMPORARY GALLERY, 東京, 2020)、「彫刻書記展」(四谷未確認スタジオ, 東京, 2019)、「open the door,」(roomF準備室, 東京, 2018)など。
FASHIONSNAP」にて展評を連載中。