Review | コルム・バレード『コット、はじまりの夏』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。今年もいよいよアカデミー・シーズンに突入!今回は『バービー』(グレタ・ガーウィグ監督)や『哀れなるものたち』(ヨルゴス・ランティモス監督)のように、ダイレクトにフェミニズムを謳う映画が作品賞にノミネートされているのが印象的でしたね。そして、有力候補の『オッペンハイマー』(クリストファー・ノーラン監督)もやっと4月に日本公開が決まったし、アレクサンダー・ペインの新作も楽しみだな!とはいえ、まだ観られてない作品も多いんで、今回のアカデミー関連はまた次にしましょう。

 ということで、今月は『コット、はじまりの夏』というアイルランドの小さな作品をピックアップしてみました。これね、予告編では完全にスルーしていたんです。タイトルとかも、あー、よくあるやつかなー、って感じでしょ?でも配給元が、ポン・ジュノ『パラサイト 半地下の家族』(2019)やセリーヌ・シアマ『燃ゆる女の肖像』(2019)とかを発掘してきた「NEON」だと知ってちょっと気になったのと、なんだかんだで子供ものや少女ものが好き……、ヴィジュアルも好みだしな……ということでなんとなーく、ふわっと観に行ったところ、予想以上になかなか深みのある作品でした!

 ちなみに受賞はしなかったけれど、昨年の「アカデミー賞」で国際長編映画賞にノミネートされていたようです。この部門、今年はヴェンダースの『PERFECT DAYS』が日本映画として選出されていますね!旧外国語映画賞なのでアメリカ以外の国で製作された非英語圏の映画という認識でしたが、あれ?アイルランドって英語じゃない?? そう、この作品アイルランド語なんです。『コット、はじまりの夏』の舞台は現在でもリアルにアイルランド語が使われる農村地域が舞台になっています。監督のコルム・バレードさんはダブリン出身ですが、アイルランド語で育ち、アイルランド語で子育てをしているバイリンガル。あらすじざっくり↓

1981年、アイルランドの田舎町。
大家族の中でひとり静かに暮らす9歳の少女コットは、赤ちゃんが生まれるまでの夏休みを遠い親戚夫婦のキンセラ家のもとで過ごすことに。寡黙なコットを優しく迎え入れるアイリンに髪を梳かしてもらったり、口下手で不器用ながら妻・アイリンを気遣うショーンと子牛の世話を手伝ったり、2人の温かな愛情をたっぷりと受け、一つひとつの生活を丁寧に過ごしていくうち、はじめは戸惑っていたコットの心境にも変化が訪れる。緑豊かな農場での暮らしに、今まで経験したことのなかった生きる喜びに包まれ、自分の居場所を見出すコット。いつしか本当の家族のようにかけがえのない時間を3人で重ねていく―。

――オフィシャル・サイトより

 主人公コットちゃんの家庭についてちょっと説明すると、非常に威圧的で家族を抑圧している父親は農業か何かをやっているようだけれど、お酒やギャンブルばかりしてろくに働いていないみたい。妊娠中の母親はそんな夫や子育てに疲れ切っている。いったい何人いるのかわからないくらいたくさんの兄弟たちに埋もれて、おとなしいコットはあまり気にかけられていないのかな?存在が薄く、学校にも馴染めないから、9歳にしてもうすでに人生諦めちゃっている感じなんですよね。なんとも切ない……。

Photo ©sunny sappa

 そんなコットちゃんがお母さんの親戚の家へ、お手伝いという名目で夏の間預けられるんです(というか本当は大家族の口減らしですけど)。奥さんのアイリンは、おおらかな優しさで迎え入れてくれますが、旦那さんのショーンは訳あって最初は敢えて打ち解けようとしません。え、ちょっと冷たいじゃん……って。それでも一緒に過ごすうちにお互いが引き寄せ合うように自然と心を通わせていくのです。それもそのはずで、寡黙で不器用な性格が似たもの同士だから、何も言わなくてもわかり合える部分がとても大きいのです。とにかく、この2人の絆の描写が良かったな~。

 夫婦の愛情を受けて、それまで押し潰されながら過ごしてきたコットちゃんが息を吹き返すように生き生きと変化して行く姿が清々しく、その過程を、徹底して彼女の視点で丁寧に描いている点は、いわゆる“少女のひと夏の成長物語”をより一層誠実なものにしていました。

 原題は『An Cailín Ciúin』、英題は『The Quiet Girl』。この映画自体がコットそのものであるかのように、言葉で多くを語らず、目に映る風景や心の機微を静かな佇まいで見せていくので、表現はあくまで抑制が効いています。だからこそ、感情が溢れ出すラストには誰もが泣かされてしまうはず!夏が終わってコットは家に戻るんだけど、きっと大丈夫。もう前とは違うのだ。そして、未来は明るい。そう確信せずにいられなかったな。

 日本では、それぞれに事情を抱える老若男女の他人同士が擬似家族を作る『万引き家族』(2018, 是枝裕和監督)がヒットしましたが、血縁関係だけを全てとせず、どのようなかたちだとしても、少なからずありのままの自分が受け入れられ、愛情や幸せというものを“経験”したり、“知っている”だけでもその子の未来は違うんじゃないかと思いますね(勿論それが常に続くのが最良ですけど)。

 コットの家が“荒んだ家庭”とまで断定する描写はないけれど、家父長制で父親が酷いのは事実だし、おそらく金銭的にも心理的にも余裕がないのはわかります。同じ家庭に育ったとしても逆境をバネに逞しく生きていけるタイプの子供もいるでしょう。一方で、生まれ持った性格や気質が育つ環境にマッチしない子もいます。だって、子供は生まれる境遇を選べないのですから。それでも、どの子供にも生きかたの選択肢はある。それを知る機会が誰にでも与えられることを願っています。

■ 2023年11月10日(金)配信開始
『コット、はじまりの夏』
https://www.flag-pictures.co.jp/caitmovie/

[監督・脚本]
コルム・バレード

[出演]
キャサリン・クリンチ / キャリー・クロウリー / アンドリュー・ベネット / マイケル・パトリック

[原作]
クレア・キーガン『Foster』

[音楽]
スティーヴン・レニックス

[撮影]
ケイト・マッカラ

[編集]
ジョン・マーフィ

[美術]
エマ・ロウニー

[衣装]
ルイーズ・スタントン

字幕: 北村広子
後援: 駐日アイルランド大使館
配給: 宣伝:フラッグ
2022年 | アイルランド | アイルランド語・英語 | カラー | スタンダード | 5.1ch | 95分 | G | 原題: An Cailín Ciúin / 英題: The Quiet Girl
©Inscéal 2022

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。