Review | 御茶ノ水


文・写真 | コバヤシトシマサ

 ほとんど友達のいない自分だが、気のおけない友がふたりだけいる。大学入学で上京して以来の仲なので、ふたりともかれこれ20年以上の付き合いになる。あー、歳をとったもんだ……。疎遠になった時期もあるけども、最近は月に1度の会合を開いている。会合?いい歳したおじさんが集うのに、“会合”以外のうまい呼び方が見つからない。実際のところはお茶を飲むのがメインなのだけれども、お茶会というのも違う。男子会?いやいや。

 そんな会合に使っているのが御茶ノ水だ。御茶ノ水の風情、とくに日曜日のそれは格別なのだ。もともと繁華街ではないので落ち着いた雰囲気のある街だが、学生街なので日曜はとくに人が少ない。実は最初の頃、会合の場所は新宿だった。しかし新宿の街はちょっとお茶を飲もうにも、どの店も満席で入れないなんてことが少なくない。映画を観たりするのに今もたまに新宿に出向くが、映画も終わったところでゆっくりお茶でも、なんていうのにちょうどいい店がない。自分が知らないだけかもしれないが。そもそもあの街にいると、ゆっくりお茶でも飲もうとかいう気が削がれてしまうことも多い。都市の殺伐は嫌いではないのだけれども、なんだかヴァイブスが合わないのだ。そんなこんなに辟易していたところ、かつて御茶ノ水近辺で働いていたこともあって土地勘のある自分が提案し、以来、御茶ノ水で落ち合うのが定石となっている。

 御茶ノ水に集った我々3人は何をしているのか。カレーを食べ、中古レコードを物色し、たっぷり時間をかけてお茶を飲んでいる。

 歩ける範囲にカレーの名店がいくつもある御茶ノ水だが、昼に集合したらまずは「エチオピア」でカレーを食べるのが恒例になっている。この街に2店舗を構える名店。JRの駅から歩いて1分の御茶ノ水ソラシティ店に直行するのが通例だ。けっこうな有名店でありながら、特に並んだりしないで食べられるのは東京では珍しいのかもしれない。この店以外にも並ばずに入れる名店がこの近辺にはいくつもある。我々はもう十分におじさんなので、行列に並んでまで食事をするのに疲れてしまうのだ。「エチオピア」で辛さ30倍のカレーを食べながら、この店のカレーの特徴であるスパイスの魅力について見解を述べ合う。中でもクローブという香辛料がよく効いており、自分はかつて風邪も鬱もどんな病気もすべてこのクローブで治したとの与太話をしながら、カレーの皿をたいらげる。

 昼ごはんの後は中古レコードの物色だ。ディスクユニオン御茶ノ水駅前店。都内にいくつも店舗があるが、この店は均一コーナーの充実ぶりが素晴らしい。100~300円までの廉価盤コーナーだが、最近は設置しない店舗も多いのだ。先日は台湾やシンガポールの歌謡曲のシングル盤がいくつも出ており、これがけっこうな掘り出しものだった。ジャケットの異国情緒も良いが、内容もどれも素晴らしい。

 ところで御茶ノ水で中古レコードを物色してると、いつも感じることがある。自分は20年前もこの街で同じことをしていた。店内で手にした2,800円の盤を買うべきかどうかしばらく迷う、そんなときの財布の事情も当時とそう変わっていないのがなんとも切ない。人生。

 買い物が済んだらお茶の時間だ。“茶飲み友達こそが真の友達”との言葉もあるが(いや、ないか……)、お茶でもしようと寄り合える友は貴重なものだ。神保町のレトロ喫茶もいいが、我々は「エクセルシオール カフェ」や「バーガーキング®」が気に入っている。どちらも駅前の渋い商業施設「サンクレール」内に店を構える大手チェーン。しかしこれも御茶ノ水の風情の為せる業か、どちらもそう混雑しておらず、店内も広々としており、実に心地良い。普通の繁華街ではこうはいかないだろうな。コーヒーが苦手な自分は、アイスティのLサイズにガムシロップをたっぷり注いで飲む。

Photo ©コバヤシトシマサ

 お茶の時間の話題は近況報告とか、最近気になってるあれやこれや。他愛もない話で、ここに特筆するようなことは何ひとつない。しかし友との会話なんてそんなものじゃないだろうか。他人が聞いてもそうおもしろくもない身の上話を、なんとなく共有できること。それこそが友の条件であり、意義じゃないだろうか。たとえばこの間の会合ではこんな話を聞いた。壊れていたギターを修理に出して、また最近それを弾き始めたこと。Fender製のTelecasterで、ピックアップの部品を交換したこと。小さなアンプでもけっこう良い音が鳴ること。ただそんな話が楽しかった。ただそんな話を共有できる友がいてよかった。

 話のついでにギター・ショップにも寄る。知ってる人も多いと思うが、御茶ノ水は楽器店の宝庫なのだ。楽器屋さんが連なる坂を下りながら、いくつかのギター・ショップを覗く。実は自分もギターの新調を考えており、情報収拾しながら。しかし楽器店での試し弾きというのはなんとも敷居が高い。つい遠慮してしまう。そうこうするうちだんだん神保町が見えてくる。名店「らんちょん」で生ビールを飲むのも悪くないが、それはナシか。我々3人、かつては昼に夜に集ってはいつも飲んだくれている仲だった。しかしひとりが病に倒れ、彼がアルコールについてはドクター・ストップがかかったこともあり、今はまったくノンアルコールな付き合いとなった。それぞれに家庭の事情もあり、夕方には解散。また来月、なんてな挨拶をかわして、それぞれ帰路に就く。

 JR御茶ノ水駅が改装されて今のかたちになったのはいつだったか。わりと大きな改修で、未だに駅の構造がよくわかっていない。改札の場所も変わった。そういえば、かつての改札の横にあったあの小さな立ち食い蕎麦屋はどうなったのだろう。中央線車内でふと気になって調べてみたところ、2020年に閉店したそうだ。先客がいると通り抜けできないほどの狭い店で、特別な蕎麦が出てくるわけではなかったけれども、なぜかそんな店のことを最近妙に思い出す。

Photo ©コバヤシトシマサコバヤシトシマサ Toshimasa Kobayashi
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会社員(システムエンジニア)。