Review | イタリア・フィレンツェ「スコッピオ・デル・カッロ」


文・写真 | 田口杏奈

 フィレンツェには年間を通してたくさんの伝統行事がある。中世やルネサンス期から続いているものが多く、それぞれどのような経緯で始まったものなのか、その起源や歴史を深堀りするのもおもしろい。年間を通して楽しむことができるのは、現地に住んでいるからこそ。今回の留学ではそれらの行事をフィールドワークすることもひとつの目的としている。その中でも特に楽しみにしていたふたつの行事を2回に分けて紹介したい。

 今回紹介するのは「スコッピオ・デル・カッロ(Scoppio del carro)」。「山車の爆発」を意味するこのイベントは、毎年イエス・キリストの復活祭の日にドゥオモ広場で行われる。その名の通り、山車のイリュージョンが見どころで復活祭の伝統行事として継承されている。今回はそのイベントに向けて前日より行われる儀式から拝見できたので、順を追って辿りたい。

Photo ©田口杏奈

 起源は1099年に遡る。十字軍がエルサレムを攻略した際、フィレンツェの名門一族であるパッツィ家の祖先パッツィーノ・デ・パッツィがエルサレムの城壁を素手で登って入城、その略奪に貢献した功績を讃えて火打石が授けられたと伝承されている。この石から復活祭の聖火を起こし、市民に分け与える習慣が始まったとされており、この聖火がスコッピオ・デル・カッロの原点に当たる。この火打石は火を起こす道具としてではなく、キリストが復活したとされているエルサレム由来の聖遺物としてサンティ・アポストリ教会に保管されている。

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火打石が保管されているサンティ・アポストリ教会。フィレンツェの中でも最も古い教会のひとつで、起源は11世紀に遡りますが、実際の創建はそれ以前と考えられています。中世の面影を残す壁面や格天井の他、アンドレア・デッラ・ロッビアやジョルジョ・ヴァザーリの作品も見逃せません。
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3つのうち、ふたつの火打石がここに保管されています。鳩のかたちをしたものは聖火を入れて運ぶための祭具「ポルタフオーコ(Portafuoco)」。
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アンドレア・デッラ・ロッビアによる美しいテラコッタのタベルナーコロ(祈りを捧げる場所)。中央にもうひとつの火打石が保管されています。
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箱に入った火打石は聖職者らによって運ばれます。

 火打石は前夜に伝統的なパレードと共に教会から運び出され、ドゥオモ広場に辿り着く。この日、私はサンティ・アポストリ教会を出たあとパレードを追い越して目的地へ向かったものの、すでに広場は人で溢れ返っていた。

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まるでルネサンス期の絵画から飛び出してきたかのようなパレード。フィレンツェの様々な祝祭で見かけることができます。

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ドゥオモ広場で火打石の到着を待つ人々。

 火打石とパレードがドゥオモ広場に辿り着くと、それを用いて点火され、ドゥオモの中に運ばれる。その後、中で行われる儀式は一般公開されていないため拝見できなかったが、火はその典礼の中で守られ、翌日のスコッピオ・デル・カッロに使用される。

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点火の様子。

 そしてスコッピオ・デル・カッロが行われる当日の朝、山車が保管されている場所へ。

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イル・プラート通り48番にある大きな扉。この中に山車が保管されています。知らないとうっかり見逃してしまうような場所にあります。

 7時30分頃に開門。目の前に現れた山車は10数メートルもの高さで圧倒的な存在感だった。現在の車体の起源はルネサンス期に遡ると言われており、各パーツの交換や修理は繰り返されているものの基本構造は何世紀にもわたって受け継がれている。また、よく見ると複雑な花火装置が組み込まれているが、花火の導入や機械仕掛けの演出はルネサンス期に誕生したもので、現在使用されている山車自体は1765年に作られたものと考えられている。

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山車は「ブリンドーネ(Brindellone)」と呼ばれています。
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近づいてよく見るとたくさんの火薬が備えられているほか、フィレンツェの4つの地区(サント・スピリト、サン・ジョヴァンニ、サンタ・マリア・ノヴェッラ、サンタ・クローチェ)を表すシンボルが装飾されていることがわかります。この写真の中央にあるのはサン・ジョヴァンニ洗礼堂。

 そしてこの行事において重要な役目を果たす鳩型のロケット「コロンビーナ(Colombina)」も登場。コロンビーナはスコッピオ・デル・カッロを始める際にドゥオモ内部から山車に向かって放たれ、山車に到達することで火薬に着火。導火線を備えているため、到達した瞬間から山車の爆発がスタートするが、山車に辿り着いて戻るまでのあいだ途中で止まったり脱線すると縁起が悪いとされ、何事もなく往復すると豊作や平和が訪れると信じられてきた。実際、1966年に起きた大洪水の年はコロンビーナが途中で止まったらしい。そうした事例から、無事に飛んで戻るまでのあいだ人々の視線はコロンビーナに集まる。

 ルネサンス期のフィレンツェは祝祭や庭園の演出において機械仕掛けの装置が盛んに作られていたが、現存していないものが多い。しかしコロンビーナは依頼主や作者、その起源も解明されていないものの、15世紀前後から存在していたと言われている。もしこれが当時のそうした嗜好の延長線上で誕生したものだとすれば、ルネサンス期の仕掛け演出を体験できる大変貴重な史料だと言える。

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スコッピオ・デル・カッロに欠かせないコロンビーナ。通常は火をつける際のほんの僅かな時間しか目にすることができないため、とても貴重な機会でした。

 準備が整ったあとは、一度トラクターを使って山車が保存庫の外に運ばれる。その後、山車と共にドゥオモ広場へ向かうパレードの面々、牽引するための牛も到着してとても賑やかな雰囲気に。

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蹄や角も金色におめかしされてとても美しい牛。4頭の牛によって山車がドゥオモ広場まで運ばれます。

 動き始めたパレードを追い越し、スコッピオ・デル・カッロが行われるドゥオモ広場へ。開始2時間前の時点で見物客で賑わい始めていたが、先に到着した友人が見やすい位置を確保してくれたおかげでこのイベントの一部始終をしっかり見届けることができた。

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山車やパレードが到着した後、ドゥオモ広場では旗振り隊によるパフォーマンスが行われます。旗振りはフィレンツェで中世から伝わるもので、起源は戦場での合図や士気を高めるためのもの。大きな旗を空中で回したり、高く投げてキャッチするダイナミックな動きは見応えがあります。毎年5月には旗振りの全国大会「トロフェオ・マルゾッコ(Trofeo Marzocco)」も開催されています。

 ドゥオモ内部で行われるミサの様子は拝見できなかったが、先ほど紹介したコロンビーナはここで点火される。コロンビーナは山車に繋がれたワイヤーの上を高速で進み、扉を抜けて広場にある山車に到着して着火。その後無事にドゥオモ内部への帰還が成功してホッとした。

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コロンビーナが山車に到着し、着火した様子。

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 山車全体に燃え上がる花火は、見たことのないような特殊な演出で想像以上の迫力。元気よく躍動する花火が大聖堂の目の前を黒い煙と共に燃え盛っていくさまはとても幻想的だった。また、個人的に印象的だったのがイベント終了後。山車は保管庫に戻る際も牛に引かれて戻される。目的地までは少し距離があるため、イベント終了後で且つ見物客が去ったあとなら牽引車を使用しても良いはずだが、当時からのやりかたが尊重されているのだろう。そこには演出だけではなく伝統をきちんと継承するフィレンツェ人の揺るぎない心を垣間見ることができた気がした。

 復活祭は1年の中でもクリスマスと並ぶ最も大切な祝日とされているため、一般的には家族で集まって過ごす人が多く、復活祭翌日の祝日に友達や恋人と過ごすそうだ。復活祭にも関わらず今年は訳があって実家に帰省できないんだと嘆いていた友人の表情を見て、イタリア人にとってこの日がどれだけ特別な祝日であるかを察することは難しくなかった。

フィレンツェ小話 Vol.2

 今回は復活祭(パスクワ)の時期にフィレンツェで食べられるお菓子をいくつか紹介したい。

 まずは「コロンバ・パスクワーレ(Colomba Pasquale)」。この時期になるとスーパーやお菓子屋さんでたくさん見かけることができるこのお菓子は、鳩のかたちをしているのが特徴。表面にパールシュガーが散りばめられていて、中にオレンジピールが入っているものが一般的。天然酵母を使った発酵菓子であるため味自体はパネットーネとよく似ている。

スコッピオ・デル・カッロを見た後、友達が買ってきてくれたコロンバ・パスクワーレ。切り分けてみんなでおいしくいただきました。
スーパーに並ぶコロンバ・パスクワーレ。サイズも大きいため、ひとりで食べるには躊躇しますが、発酵菓子なので賞味期限が長く、実はひとりでも食べ切ることができます。時期を過ぎて売れ残ったものはセールになることもあるとか。

 卵型のチョコレートも大人気。こちらはパスクワの時期にイタリア以外でもたくさん見かけることができる。

近所にあるお気に入りのお菓子屋さん。卵をモチーフにしたお菓子がとてもかわいくて心が躍ります。
お菓子屋さんで買ったウサギのかわいい人形。後ろに卵型のチョコレートを隠しています。

 そして「パン・ディ・ラメリーノ(Pan di ramerino)」。こちらはフィレンツェに古くからあるもので、本来は復活祭の3日前にあたる木曜日(キリストが最後の晩餐を行った日)に食べられていた特別なパンとされている。今では通年売っているお店もあるが、「聖木曜日(Giovedì Santo)」の日に近所のパン屋さんで買ってみた。

Photo ©田口杏奈

 ローズマリーの爽やかな香りとレーズンの自然な甘みが新鮮で、とても控えめな甘さ。日本で売られているようなぶとうパンとは一味違う風味があり、個人的にはテーブルパンとしても常備しておきたい。

Photo ©田口杏奈田口杏奈 Anna Taguchi
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1983年生まれ。京都造形芸術大学芸術文化学科卒業。西洋美術史の研修以来、久しぶりに訪れたフィレンツェで修復されたばかりの『東方三博士の礼拝』(レオナルド・ダ・ヴィンチ)に出会い、感銘を受ける。同時にルネサンス美術とメディチ家に没頭、以降自主研究が日課となり、現地へ訪れるたびにフィールドワークを重ねる。また、いつか自分もルネサンス美術の存続に貢献したいという想いからパラッツォ・スピネッリ日本校、絵画修復エデュケーション・センターで絵画修復の技法・理論を勉強。2026年1月からフィレンツェに留学中。趣味はイタリア映画鑑賞とロケ地巡り。