Interview | kiss the gambler


対談 かなふぁん + 谷口 雄

 kiss the gamblerの2ndアルバム『私は何を言っていますか?』が2023年4月5日、ついにリリースされる。昨年4月の『Fresh』を皮切りに、本 秀康主宰のレーベル「雷音レコード」でアナログ・レコードを連続リリースしてきた彼女。LPレコードと配信のみという形態でリリースされるニュー・アルバムは、kiss the gambler(チャレンジし続けるギャンブラーに祝福を贈る、という意味)ことシンガー・ソングライターのかなふぁんとプロデューサーの本さんが続けてきたコラボレーションの最初の集大成とも言える。

 そのアルバム全体のサウンド・プロデュースに抜擢されたのが、昨年8月リリースのシングル『台風のあとで』でのバンド・アレンジを担当したキーボーディスト・谷口 雄(Spoonful Of Lovin', ex-森は生きている)。キスギャン(ファンはこう呼ぶ)のイノセントな楽曲と歌声に、谷口がもたらしたルーツロックなフレイヴァが重なり合って新鮮な感覚が生まれている。いわばキスギャン第2章の始まりでもある新作の成り立ちを、かなふぁん(以下 K) & 谷口(以下 T)対談(本さんもときどき参加 | 以下 M)で解き明かしてみた。


取材・文 | 松永良平 | 2023年2月


――谷口くんがkiss the gamblerことかなふぁんのサウンド・プロデュースを担当したのは「台風のあとで」のシングル・ヴァージョン(2022, 雷音レコード)ですが、会ったのはもっと前?

K 「2020年の……」
T 「12月くらいだったかな。なりすレコードの平澤(直孝)さんがやっていた渋谷 La.mamaのイベント(2020年12月19日 | なりすレコードPresents "土曜の午後のチアフル・ティアフル vol.6")でした。あの日、僕もRisa Cooper(岡田梨沙)のサポートで出ることになっていたんです。kiss the gamblerっていう人が出ると聞いていて、すげえかっけえ名前だな、と思って“サマーサンライズ”のMVを観たりしてました」
K 「うれしい。あの日、ちょっとしゃべりましたよね。ごあいさつ程度でしたけど」

――僕が初めてキスギャンを見たのは去年(2022年)で、下北沢 440でした。リハ時間に、学校の先生がピアノで童謡を歌ってるような感じの女性シンガーがいて、「あの人は今日出る中のどれなんだろう?」と思って見てました。まさか“kiss the gambler”っていう名前だと思っていなかったから(笑)。
T 「そうですよね。僕も“キスギャンって、どういう人なの?”ってよく聞かれます。でも、あのLa.mamaの日、演奏を見てピアノがすげえ良いな、と思った。あの日、グランドピアノだったし、こういう人あまりいないと感じた。同じ鍵盤奏者としても感じるものがあったし、いわゆるピアノのシンガー・ソングライターの人ってテクニックがすごいというか、直情的というか、そういう印象があるけど、かなふぁんはそうじゃなかった。うまく言えないけど、めちゃやさしい音で弾けるし、フレーズとか好きだな、と思って聴いてました。けっこう衝撃的でしたね」
K 「まあ、私がそんなに(テクニカルに)弾けないんですけどね(笑)。歌いながらだと特にそうで、伴奏くらいしか弾けない」
T 「それが逆に良かったんだよね。ピアノより歌がちゃんと先に来てるのがすごく良かったですね」

――でも、その感想は初対面では伝えなかった。
T 「だってキモくないですか?いきなりそんなこと言うの(笑)」

――音楽マウント取りにきたおじさんに思われちゃうしね(笑)。じゃあ、「台風のあとで」まではしばらく間が空いてたんですね。
T 「2022年の4月に録りましたからね。1年半くらい空きました。その年の2月くらいに本さんからお話をいただいて」
M 「あの曲をザ・バンドとか、ローレル・キャニオンのシンガー・ソングライターみたいな70年代アメリカン・ルーツロック風にしたくて。だったら谷口くんだな、と思ったのでお願いしました」
T 「2021年は“ローレル・キャニオン芸人”みたいな感じで活動してましたからね(笑)」
M 「そもそも“台風のあとで”を“CITY POP on VINYL”という企画で出したかったので、ユーミン(荒井由実)風の音にしたくて」
T 「ユーミン + “Let It Be”と本さんには言われました。それが果たしてシティ・ポップか否か、とは思いましたけどね。ただ当時、THE BEATLESのドキュメンタリー映画『ザ・ビートルズ: Get Back』が流行っていたから、流行を落とし込むという意味ではシティ・ポップだな、って(笑)。でも原曲がすごく良かったから、それを壊さず、僕の自我が前面に出ない感じにしようと思いましたね」

谷口 雄 | Photo ©本 秀康

――かなふぁんとしては、あいさつだけしたことがある谷口くんがサウンド・プロデュースをすることについては、どう思いました?
K 「一回でも会ったことがある人でよかったな、と思いました。知らない人だと、どうしよう?ってなっちゃうから」
T 「その後、僕がやっている音楽イベント“ミッドナイト・ランブル・ショー”に本さんと2人で来てくれたんですよ。しかも、ちょうど“PIANO & ME”っていうピアノを弾いて歌う人特集の回(2022年3月23日)だった。全然キスギャンを狙って企画したんじゃなかったけど、レコーディング前にその回に来てくれたのはよかった。“Imagine”をもしポールがピアノで弾いたらこうなる、みたいなことを実演しながら話をした(笑)」
K 「谷口さんが“右手はシンプルでも、左手のベース音を変えたらおもしろくなる”って実演もしていて、私も最近取り入れてます」

――いいタイミングだったんですね。では実際のレコーディングはどんなふうに進めたんですか?
T 「ユーミン + “Let It Be”というお題はあったけど、まずはそれは置いといて、かなふぁんの弾き語りデモに僕もいろんな音を重ねてみて、この編成だったらいけるという線を見つけて、ミュージシャン集めを始めたという感じでした。エレキ・ギターっぽい音を排除してピアノを前に出したほうがいいだろうな、と思ったので、ペダル・スティールを入れることにしたり。録音は歌だけ後で、バンドの演奏はほぼ一発録りでした。その雰囲気は目指したほうがいいだろうと思って。ライヴっぽかったよね」
K 「そうですね。私だけすごい走っちゃうことがあって、録り直しとかもありました(笑)。でも、すごくやりやすかったです。自分までうまくなったような錯覚を引き起こすくらいで、楽しかった」
T 「かなふぁんの声は、わりとかっちりしたリズムやサウンドの中にいたほうがいいだろうな、というところからスタートしたんです。歌がすでに十分個性的だから、そこに演奏が寄っていっちゃうと逆にかなふぁんの魅力が薄れちゃう感じがあったので、しっかりやれる人を呼びました」
K 「全体的には急に大人になった感じもありつつ、のびのびと歌いましたね。前に出した自主版からのレベルアップがすごいので、自分もビビるけど、聴く人もビビるだろうな、って」
T 「自分がやるにあたって、前のヴァージョンは聴かないようにしたんです。そうしないと意識しすぎちゃうと思って。でも、岩出拓十郎くんがプロデュースした最初のヴァージョンもめちゃくちゃいいんですよ。全然違うアプローチだけど、狙いは意外と同じようなところだったかも。ベースの厚海(義朗)さんもそう言ってた(笑)」

かなふぁん + 谷口 雄 + 松永良平 | Photo ©本 秀康

――そして、その初録音で得た手応えを経て、いよいよ2ndアルバム『私は何を言っていますか?』を谷口くんがフル・プロデュースすることになりました。
T 「はい。シングルの流れでそのままやらせていただけることに。うれしかったですね。“台風のあとで”のとき、他の曲の弾き語りのライブ・ヴァージョンを本さんに聴かせてもらっていて、いろいろできそうだと思ったんです。そこでイメージの想定ができたので、先にミュージシャンを呼んでおけたという感じでした」
K 「私のピアノ弾き語りを基に谷口さんにバンド・デモをお任せしました」
T 「とはいえ、基本的にはピアノの弾き語りにかなふぁんが欲しいフレーズが素直に乗っているだろうから、それに他の楽器を重ねていくというやりかたでした」
K 「“ペペロンチーノ”だけ、デモにいろいろ種類があったんです。最初にもらったヴァージョンはギターがメインで、ちょっと盛り上がりすぎかなと思って、やり直したりしました」
M 「最初のは、僕が“パワーポップにしてくれ”と谷口くんにお願いしたんです。上がってきたデモに、さらに“かっこいいギター・ソロを足してくれ”とも言いました」
T 「Rhett MillerとかWILCOの曲でシンセっぽい雰囲気のある8ビートのアレンジでしたね」
M 「僕はそっちがいいと思ってたんですけど、途中、かなふぁんからグループLINEで“こういう感じの曲にしたい”というリクエストが来て。完成テイクはそっちの方向になったんです」
K 「たまたま私がインスタでリールに使われてた音楽を見つけて。RUSTED ROOTという知らないバンドの曲だったんですけど、それがすごく好きになって、その感じにしたくなったんです」
T 「僕もめっちゃかっこいいと思ったし、元のアレンジはアルバム全体からちょっと浮いちゃう感じがしたので、そっちになりました。それはいい変化だったと思います」

かなふぁん | Photo ©本 秀康

――いいことですよね。谷口くんの言いなりということでなく、かなふぁんの言いたいことがちゃんと出てる。
K 「そんなに意見はなかったんです。アレンジもそんなにやったことないし、ドラムやベースをどう構成するかも知らないので。雰囲気だけ伝えたんですけど、これはよかったです」

――かなふぁんと谷口くんの対談だからこそ、今の「ペペロンチーノ」でのやりとりみたいに1曲ずつの謎解きができると思うんです。やってみましょうか。まずはA1「ばねもち」から。
T 「いやあ、これはもう歌詞が最高じゃないですか。“ばねもちってどういうものなんですか?”っていう質問から始まりましたから(笑)。一度ググってみたけど、存在しない。本人マターでした(笑)」
K 「家のノートを整理してたら、“丸のうしろにバネが付いています。この力はどれくらいでしょう?”みたいな物理の問題が出てきて、その図を見て“ばねもち”にしました」
T 「サウンド的には、僕も“ばねもち”にしたくて。バネっぽい音を探したし、バンドのみんなにも歌詞を渡して“みんながかなふぁんのばねもちになってください”と言いました。特に厚海さんのウッドベースと宮下(広輔)くんのペダル・スティール、影山(朋子)さんのマリンバに対しては“かなふぁんを引っ張るばねもちになってください”とお願いしました。粘り気をください、って。宮下くんは逆再生っぽいエフェクトを入れてくれたり」
K 「おおー」
T 「あと、この曲は歌録りが超良かった」
K 「たまちゃんという友達がいるんですけど、彼女が録音ブースの窓の外で応援してくれたんです。彼女がいなかったら、恥ずかしくないように、抑揚のない真面目な感じで歌っていたと思います」
M 「たまちゃんがブースに入ってからは、歌が全然違ったよね」
K 「演技がかったというか」
T 「かけがえのないテイクになりました。たまちゃんはこの曲で口琴もやってくれています。まさに一番バネっぽい音を入れてくれて、歌の応援まで。エンジニアの笹倉(慎介)さんも感動してました」

――ちなみに曲順はどうやって決めました?
T 「最終的にはかなふぁんが決めたよね」
K 「そうですね。本さんが考えてくれた曲順もありましたけど」
M 「“ばねもち”が1曲目というのは決まってましたね」

――では、A2「ベルリンの森」。
M 「この曲は“(THE BANDの)『傑作をかく時(When I Paint My Masterpiece)』をヨーロッパ風に”っていう僕の意見は最後まで生きてたね。アコーディオンとかね」
T 「THE BANDまで行かずに、ちょっと軽やかにしたいという感じでしたね。Jon Brionがやった『レディ・バード』(2017, グレタ・ガーウィグ監督)のサントラの影響も出てますね。ああいう感じのサウンドの上でかなふぁんに自由にやってもらえたらいいな、と思いました。あと、この曲はまさに弾き語りの段階からあったピアノのフレーズに助けられました。それを発展させたアレンジになってます」
K 「よかった、2ndに残しておいて(笑)。1stの『黙想』(2021)のときにもあった曲なんですけど、いつかバンドで録りたいと思ったので入れずにおいたんです。しかも、今回まさかのかもめ児童合唱団が歌ってくれて」
M 「かなふぁんが“はぐれ鳥のタマシイ”をかもめ児童合唱団に歌ってもらうのが夢だと言うので、オファーしたんです。1曲じゃもったいないので、もう1曲はこれかな、って。この曲、岩出くんがアレンジした前のヴァージョンでは女の子コーラスが入ってるんですよ。今回それじゃないコーラスは何かな、と考えたら、かもめ児童合唱団か細野(晴臣)さんだと思って(笑)」
K 「どっちもめちゃくちゃいい案ですけどね(笑)」

かなふぁん | Photo ©本 秀康

――A3「台風のあとで」。これはアルバム用の別ミックス。
T 「はい。アルバム全体を通してミックスするのは僕にとって初めてに近いくらいの作業だったので、友達の岡田(拓郎)くんにおすすめのコンプとかを聞いたり、いろいろ勉強したんです。だからシングルを録った頃とはやりかたも変わっていたので、アルバム用にやり直しました。シングルよりも広がりのある音になっています」
M 「テスト盤のレコードで聴いたら、ドラムの音の印象とか全然違うとわかった」
T 「マジでいい曲だよな。僕が弾いているこの曲のアコギ、自分でも本当に気に入っています。去年の自分のレコーディングでいちばん良かったのは、これ(笑)」

――歌詞もグッときますしね。
K 「これは自分の話ではなく、知り合いの夫婦の話が基なんです。私にはこんな経験はないけど、奥さんの気持ちになって書きました」
T 「アレンジするとき歌詞はめっちゃ読んだよ」

――A4「さよなら青春」。
T 「最初はシングルのB面だけで、アルバムに入れる予定はなかったんですよ」
M 「1stアルバムに入ってるし、そのリテイクだからね」

――キスギャンの場合、同じ曲が違うアルバムに入っていても全然おかしくない気がする。その時々のかなふぁんがあるというか。
T 「そう思いますね。あと、この曲はいつも思うけど、構成が不思議ですよね。Aメロ、Bメロが一度ずつしか出てこない。でもちゃんと満足感がある。すげえなと思いますね」
K 「これもやっとバンドで録れた曲です」
T 「アレンジのアイディアは、Tom PettyとかWHITNEYとかJosh RoseとかをLINEで送ってますね。ある種やっていることはパワーポップなんですよ」

――弾き語りだと8ビートの曲とはあまり感じないんですけど、バンドでやるとストレートなサウンドになって、その上でメロディラインがぐるぐる回っているからおもしろくなるんでしょうね。そして、大名曲のA5「カルダモン」。
T 「もう100回は聴いてますね。曲を聴いた瞬間に“めちゃくちゃ大事にしよう”と思った。アレンジに入れ込みすぎて、同じ時期友達と飲みながら酔っ払って“おいしいコーラ作るんだよ、最後は。それってすごくない?”みたいなことを言っていたらしい。それくらい感銘を受けていた」

――展開もあるし、長さもあるから、アレンジャーとしては燃えますよね。
T 「Norah JonesやTaylor Swift、あとはまた『レディ・バード』のサントラとかを参照しました。2番に入ると歌詞の雰囲気も変わるので、アレンジもちょっと変えたいと思ってやりました」
K 「1番は恋愛の話で、2番は私が辞めた会社の話なんです」
T 「同じストーリーのようで、歌詞をよく読むとやっぱり違うので、同じアレンジにはしないほうがいいと前後編仕立てにして、作業も違う日にやりました」

――本人としても、大作っぽいのができたぞ、という感触?
K 「いや。この曲は1stには間に合わないくらいの時期にできたんですけど、もともとある作家さんの本にあった詩に付けたメロディだったんです。それを基に歌詞を書き直したら、内容が全然違う曲になりました」
T 「なるほどね。普段は歌詞と曲どっちが先?」
K 「ゆっくりゆっくり同時に作ることが多いです」
T 「元の歌詞は違ったんだ……。でもこれはマジでいい曲だわー。トランペットの高橋三太くんが本当にこの曲を気に入っていて、“カルダモンしたい”ってずっと言ってた」

――「カルダモンしたい」?
T 「“俺たちずっとカルダモンしてようぜ”みたいな青春っぽい感じ(笑)。バンドのメンバーも全員好きになりました。こんなにがっつりホーン・アレンジを書いたのも初めてだったから、うまくいってよかった。本当に勉強になるレコーディングでした」
K 「“台風のあとで”のときもみなさんの息がぴったり合っていたし、いつも一緒にやっているメンバーかと思っていたんですけど、そうじゃなかったと聞いて、本当にびっくりしました」
T 「わりと初顔合わせの人たちが多かった」

――アレンジで使いたい音色優先で?
T 「それもあるけど、やっぱり人柄重視です(笑)。かなふぁんと仲良くなれそうな人たち」
K 「ありがたいです」
T 「新しい楽器と出会うことがいい刺激になればいいな、みたいなことも思って、不思議な楽器をいろいろ入れたという。そして人柄重視。影山さんとか、超おもしろい人だから」

かなふぁん + 谷口 雄 | Photo ©本 秀康

――影山さんの名前が出たところで、アルバム・タイトルにもなっているインスト曲A6「私は何を言っていますか?」。これはかなふぁんと影山さんの即興曲。
T 「これはやばいですね。気が付いたら、2人で曲を作っていたんですよ」
K 「休憩時間があって、私と影山さんで最初は既存の曲を演奏したりして遊んでたら、できてしまい」
T 「2人がマリンバのブースでセッションしているんですよ。笹倉さんに“そのうち曲になると思うんで、レコーダー回しといてもらえますか?”と伝えておいて。影山さんとは森は生きている時代から一緒にやっていたから、彼女がマトリョミン(テルミン + マトリョーシカ)持っていたのを覚えていたので、それを使おうと」
K 「誰がうまく鳴らせるか、全員で選手権しました。本さんは断ったけど(笑)」
T 「結局、かなふぁんと笹倉さんのマトリョミン演奏を使いました。スタジオで奇跡的にできた曲ですね」

――結果、レコードの両面最後がスタジオでの即興セッションで終わるという構成になり。
T 「一発録りでやってよかったね、という」
M 「曲が足りないと思ってたので、セッション中に1曲できてよかったです(笑)」

――そして、ここからがB面です。B1「掌中の珠」。“しょうちゅうのたま”と読みます。亡くなったおじいさん、親を亡くしたお母さんを見つめるかなふぁんのまなざしの描写がストレートで素晴らしいですよね。
K 「おじいちゃんのお葬式のときに作りました」
T 「この曲はもう俺は何もしないほうがいいな、と思いました。部屋でかなふぁんがひとりウクレレで歌ってるように録ろうと」
M 「この曲をB面1曲目にするのはかなふぁんが決めました」
K 「最初は“くずもち”がB面1曲目だったんですけど、A面1曲目の“ばねもち”とタイトルが似ていてどっちがどっち?となりそうなので、この曲にしました」

――そうか、“もち”被りの問題だったんだ(笑)
T 「世界初だと思います(笑)」

――B2が、その「くずもち」。
T 「これは奈良公園で作ったの?」
K 「奈良公園の思い出で作っただけで、奈良公園では作ってないです。この曲は“サマーサンライズ”みたいな曲はできないかと本さんに言われて、がんばって明るい曲を作った結果でした。そこまで明るくないけど」
T 「ほどよい明るさ」
K 「私の言いたいことが、1stのときよりはっきりしてきているようになったんです。だから、明るい曲を明るくないときに書くのは難しかった。曲調で明るさをがんばったらこんなふうになりました」
T 「このアレンジは、QUEEN。あとは、Rufus Wainwrightの1st、UTOPIA、DRUGDEALERとか。リズムをいろいろ考えたのが楽しかった。コーラスを思いついて、“これでいける!”となったかな。いろんな人が奈良公園に来たし、いろんな鹿がいるな、みたいな感じで、登場してる楽器は常に変わっていくようにしたかった」

谷口 雄 | Photo ©本 秀康

――でも、アレンジで参照元はあっても、やっぱり曲としてのオリジナリティがすごいですよね。
M 「たしかに、この曲もありそうでないですよね。しかも、シングルですから」
T 「後半、急にJohn Simonっぽいアレンジも出てきますね」
M 「John Simonの1st(『John Simon's Album』1970)みたいな感じにしたいね、って谷口くんと最初は話してたよね。THE BANDみたいというよりは」
T 「もうちょっと洒脱な感じにね」

――B③「はぐれ鳥のタマシイ」。
T 「もうこれは泣いちゃうよね。そういえば、かなふぁんと好きな音楽の話をしたとき、イージーリスニングの人の名前が出たんだよね」
K 「André Gagnonですか?そんなにたくさん聴いてないですけど、小さい頃よく家で流れていたんです。コンサートも1回行ったことあるし」
T 「それを聞いて、だからなのかな、と思った。僕が最初に受けた衝撃の出どころを探るというか」
K 「あと、合唱が大好きなんです。全員歌う時間が好きで、合唱の楽譜を家に持って帰ってひとりで歌っていました。ただ合唱部に入らなかったのは、現代的な合唱曲の良さがよくわからなかったので」
T 「この曲はまさに合唱曲だよね。でも、かなふぁんがひとりで歌ったテイクが良すぎた。だから、歌詞的に必要なところだけかもめ児童合唱団のコーラスを使いました」

――感動的な展開ですよね。
T 「“タマシイ”が半角表記なのがいいよね。最初は文字化けかと思った(笑)」
K 「漢字でもカタカナ全角でもけっこう押し付けがましいから、半角にしてそこまでタマシイではない感じにしました」
T 「そこまでのタマシイではない、ってすげえいいな(笑)」

――そしてB4がさっきもしゃべってもらっていた「ペペロンチーノ」。ある意味、これが一番シティ・ポップ的な曲ですよね。
K 「でも、私の曲はあまりコードがおしゃれじゃないので(笑)。7thとか入れて曲が書けない」

かなふぁん | Photo ©本 秀康

――歌詞が忌野清志郎っぽいな、と感じました。かわいさとか言葉のセンスが通じてる。こういうこと歌いそうだったなと。
K 「清志郎が亡くなった年(2009)にタワーレコードの“NO MUSIC, NO LIFE.”ポスターになっていた写真を見て、かっこいい!って思ったのを覚えています。そのときはまだ清志郎さんの音楽を聴いたことはなかったけど、いい憧れを持てたのかもしれない」
T 「この曲のアレンジはふざけようと思って、最後に過剰なくらい巧いギターソロを入れました。こんなに巧くなくていいのに、っていうくらいの(笑)。これでゲラゲラ笑ってほしい。今、笑える音楽がそんなにないので」
K 「ないですよね。リラックス系は多いけど」
T 「これで本編終わるっていうのがいいな、って。まあ、終わらないんですけど(笑)」

――インストのB5「台風のあとでのあとで」がありますからね。
M 「2パターンのジャム・セッションを録りました。シングル“台風のあとで”のB面と、今回のアルバムにそれぞれ使ったんです。こっちのほうは、WINGSの『Venus and Mars』の最後のインスト曲にちょっと似てるじゃないですか」
T 「本当はめちゃ長いテイクなんですよ。10分くらいあるんじゃないかな」
K 「練習しているつもりだったんですけど、“このうちのどこかを使いましょう”って言われて」
T 「その最初の2分のところを使ってます」
K 「私のピアノも、ミックスのおかげでけっこううまいこと下手さが消えました」
T 「下手じゃないんですよ。10分間の間にいろんなことにトライしているんですよ」
K 「みなさんとはその日初めて会ったのに」
T 「いつかキスギャンのボックス・セットを作るときに完全版を入れましょう!」

――ボックス・セット!
K 「えー、何万円とかするやつですよね(笑)」

――でも、キスギャン・ボックス、いつかできそうな気がします(笑)。ライヴのベスト・テイク集とか。弾き語りのライヴを観ていても、曲によってはかなふぁんの向こうにオーケストラが見えるような不思議なスケール感があるんですよね。
T 「そうなんですよ。僕のアレンジも、曲から聴こえてくる音をそのまま出した感じなんです。曲が必要としている音だけを入れていったらこういうアルバムになりました」
K 「すごーい」

――なんか他人事みたいに言ってますけど(笑)。
K 「だって、私には聴こえないんですもん」
T 「いやいや、めちゃめちゃ聴こえてくるんです!」

かなふぁん + 谷口 雄 | Photo ©本 秀康

――もちろん歌や言葉に対して感動した経験はたくさんありますけど、kiss the gamblerの歌って、かなふぁんにまつわるエピソードが元で、聴いてる自分とは関係のない話のはずなのに感動しちゃうんですよね。
K 「自分の思い出と重ね合わせてしまうから?」

――個人的な出来事に徹しているから、逆に聴いているほうはその表現に引き出されて自分のことを考えてしまうのかも。不思議な我が身性がある。
T 「“俺の場合はこうだったな”みたいな。僕も“ばねもち”を聴くと、自分が仕事を辞めて専業ミュージシャンになったときのことをすごく思い出す。“あれが俺のばねもちだったのかな”みたいな」
K 「そうなんですね」

――しかも“夢”とか“愛”じゃない、“ばねもち”っていう全くの造語で珍語が、音楽を通じて人に伝染して心を動かすってすごいことですよ。
K 「私が歌にしたのは仕事のことだったけど、友達に聴かせたら、別れたのに付き纏ってくる恋人のことを思い出したりしたって言ってました」
T 「すごいね!いろんな“ばねもち”ができる!“ばねもち”がもっと連鎖していくかも(笑)」

kiss the gambler Official Site | https://kissthegambler.net/

kiss the gambler '私は何を言っていますか?'■ 2023年4月5日(水)発売
kiss the gambler
『私は何を言っていますか?』

Vinyl LP RHION-LP3 3,500円 + 税

[Side A]
01. ばねもち
02. ベルリンの森 (RHION Ver.)
03. 台風のあとで (RHION Ver.)
04. さよなら青春 (RHION Ver.)
05. カルダモン
06. 私は何を言っていますか?

[Side B]
01. 掌中の珠
02. くずもち
03. はぐれ鳥のタマシイ
04. ペペロンチーノ (RHION Ver.)
05. 台風のあとでのあとで (ALBUM Ver.)