思い出を抱きしめながら作っていくような作業
取材 | 南波一海 | 2023年12月
文 | 仁田さやか
写真 | Kana Motojima
――前作『Orca』は1stアルバムということもあり、それまでに作り溜めたものをまとめたものでしたよね。その後、次はどうするとなったときに、最初からアルバムを想定されていたのでしょうか。
「今回のアルバムは、時系列的には『Orca』に収録している曲と同じくらいの時期で……いや、もうちょっと前かな。イギリス人のDan Shuttさんのデモを元に曲を作り始めたんですけど、デモの雰囲気から、これはアルバムとしてまとめたほうが作品になるな、と思っていました」
――もともとの曲自体はかなり前からあったものだったんですね。
「はい。ウェールズに少しだけ滞在していた時期があって。Danさんは今ドイツに住んでいるんですけど、彼の持つ雰囲気やノスタルジーと、私が当時住んでいたウェールズの羊とかがいる田舎風景みたいなものをアルバムにパッケージしよう、みたいな思いがありました。ただ、その作業を進めていくときに母親が亡くなって。作り始めたときにはもう日本に帰ってきていたので、ウェールズにいた頃のこととか、幼少期のこととか、それこそ写真のアルバムをめくって思い出を抱きしめながら作っていくような作業をして完成させたという感じです」
――ウェールズには何年前くらいに滞在されていたのでしょうか。
「私がこの名義で活動し始めたのが2017年なんですけど、その前なので2016年くらいです」
――そのときにDanさんと知り合って作ることになったと。7年も前からあった曲とは思えない新鮮な響きをしているので驚きました。何にも似ていない不思議な音像と曲ですよね。
「リリックを書き直したりしたのと、(illicit)tsuboiさんと一緒にミキシングをガラッと変えたりしたので、新しい要素を入れつつできたからというのもあるんだと思います。でも、10年前とか15年前のを聴いてもめっちゃ今っぽいみたいな作品もたまにあるから、そういう感想がもらえるのは嬉しいです。ミュージシャンって作りかたがそれぞれ違うけど、同世代の誰々がこういう感じでやっているからこの感じはやめようとか、世界中で常にその時々のトレンドを意識し合いながら音楽を作ったり聴いたりしているじゃないですか。それってすごくいいことだし、自分も音楽を聴きながらそういうことを考えたりするけど、今作に関しては、特に何も考えず、自分の中から出てきたものです。それでも自然に何かから影響を受けているから、すべてを完全に切り離すというのは無理なんですけど、でもこのリファレンスがあってこの感じに寄せたいね、という作りかたはしていないです」
――tsuboiさんとの作業はどんなふうだったのでしょうか。2ミックスの音源をデミックスして組み立て直す作業をされたとのことですが。
「曲によってはステムがくっついているトラックがあったので、それをtsuboiさんが分解して、再ミキシングして。tsuboiさんはエンジニアというよりプロデューサー的に関わっていて、元のデモと聴き比べると全く変わった曲もあります」
――なんならアレンジの領域に食い込む作業と言いますか。
「そうですね。『Orca』のときも一緒にやったので、お互いをだんだんわかるようになってきたんです。最初の頃はtsuboiさんも様子を窺いながら違うアレンジを送ってきていたんですけど、今回はなんだこれっていうくらいガンガンでした(笑)。私は人と音楽を作るのがめっちゃ好きで、もちろん自分だけで完成させる曲もあるんですけど、もし誰かがやってきて、この曲のここを歌いたいとなったら、どうぞどうぞという感じなんです。自分の好きな音色とかキーで作っているので、こだわりはあるんだろうけど、お父さんお母さんの前の自分と、友達の前の自分と、恋人の前の自分では、きっとみんな態度が違うじゃないですか。話しかたが違ったりしますよね。それはもうひとりひとりに対して違うもので、違う自分がいっぱいあるみたいな感じなんです。曲作りもtsuboiさんとやってみて、こういう自分もいるんだとたくさん発見できたのが楽しかったです。今回の作風的に、家で録った宅録の音源を使ったほうがリラックスした感じが出るんじゃないかと話していたんですけど、スタジオでものびのび録れました。tsuboiさんとは、実際のミキシングとかレコーディング作業とかよりも、ふたりでしゃべっていたほうが長かったんですよ(笑)」
――コミュニケーションがかなり重要という。
「そうそう、その中でどうするかを話したりして。レコーディングせずに話して帰った日もありました(笑)」
――歌詞は書き直されたというお話でしたが、当初から今のかたちに近いものもあるのでしょうか?
「鼻歌とかで思い浮かんだのを入れていて、あくまで仮という感じだったので、そんなにしっかりは書いてなかったです」
――となると、先ほど話されていた、お母さんが亡くなったことは作詞にかなり影響を及ぼしている?
「そうですね。アルバムには母親の声も入っていますし。でも、母親が死んでただ自分がつらいとかじゃなくて、幼少期に母と過ごした思い出とかを振り返って温かい気持ちになるような感じでリリックを書きました」
――大きな喪失感を抱えたときに、何もできなくなることもあると思うんです。それが創作に向かったというのはすごいことだなと思っていて。
「でも、亡くなってすぐ始めたわけではなくて、まだ生きてるときからこれを作り始めていたので、途中でシフトチェンジしたというのもあるんです。余命はわかっていたんですけど、死ぬ前提では作っていなかったので。私も落ち込んでいた時期もあって、そのときは何もやっていなかったけど、これを作ると決めた後は、逆に作っているほうが楽みたいな感覚もありました。私は作品を作って自分の精神衛生をごまかすみたいなことはあまりよくないと思っていて。私は生活のほうが大事だと思うし、創作のために生きるというか、音楽ありきみたいなことじゃなくて、精神的に健康なのが一番だと思っているので、家族でも友達でも恋人でも別の趣味でもいいから音楽だけを精神的な拠り所にしたくないんです。でも、そのときだけはこれをやらないと、っていう気持ちがありました。何もしないよりはいい、という」
――音楽を作ることをセルフセラピーにしたくはないという考えがあるけれど、という。
「今回に関してはめっちゃセラピーでした。友達は自分の話をめっちゃ聞いてくれるし、私も気持ちを言えるところはあるんですけど、私は自分の作ったものに関しては基本的に説明したくないと思っていたんですよ。母親のことも今回初めて言ったし、自分のプライベートを積極的に隠しているわけじゃないけど、私の音楽を私のパーソナルなものとして受け取ったら、誰かが聴くときに、私のこととして聴かれるんじゃないか、と考えたことがあって。例えば、恋愛の歌詞があったら、みんなはそれを自分に当てはめて聴いたりするじゃないですか。その人がその人の情景に合うものとして聴いてほしいし、リリースした時点で私のものじゃないから各々好きに聴いてくださいっていうふうに思っていたんです。今回はもう完全にパーソナルなことなんですけど、それでも好きに聴いてほしいとは思っていて」
――個人的には、こうして話していただくことが作品を聴く上での余計な情報になるようなことはないと思うんです。この歌詞はNTsKiさんの気持ちなんだなと思うことがあったとしても、深いところまで記憶と向き合って書かれたからこそ、聴いている人のなんらかの気持ちとシンクロすることも大いにあると思うんです。例えば、「Sayonara」で描かれているようなことは、きっと誰しもが思うことで。大切な人がいなくなってしまったけれど、またどこかで会えるかなと思う気持ちは普遍の気持ちだと感じます。
「そうだといいな(笑)。自分の情報はないほうがいいと思っていたんですけど、今回は私のセルフセラピーになっているし、普段は言葉にできないことも全部歌詞にしたっていう感覚はあります。それと、言葉に出せない気持ちとかもあるじゃないですか。私は曲を作るとき、情景とか色で考えたりするんですね。今、バンドセットを準備しているんですけど、メンバーにはキーとかテンポとかだけじゃなくて、写真のこういう感じとか、夕暮れのああいう感じとか、そういう情報もいっぱい伝えるんです。そういうイメージが曲と結びついていたりします。今回はもちろん、母親に向けて歌ってもいて。まだ母親のLINEのアカウントが残っていて、送ったところで届かないんだけど、なんか消せない、みたいな気持ちなんですよね。でも、これをリリースすることで、メッセージがここにあるというか、何かを伝えれるかもとか、行ってらっしゃいみたいなのもメッセージとして入ってます」
――結果的にはアルバム1枚がそういうレクイエム的な側面がかなりあるわけですが、制作当初から考えるとかなり違う着地点になったのではないでしょうか。
「そうですね。今回のアルバムから最初にリリースした“If”という曲の“If I asked you not to go”という歌詞なんですけど、親しい人の彼氏が交通事故で亡くなってしまって。彼は自分で運転していて、“先に家帰るわ”みたいな感じで先に出たら事故っちゃった。そこで、例えば“ちょっと待って、一緒に帰ろ”とか、何か一言あったら死ななかったかもしれない。後から言っても意味ないんですけど、その超些細なひとつが人の生き死にとかに関わるんだ、みたいなことを考えていたんです」
――そういう背景があったんですね。
「母親のことも、ここをこうしてたらこうだったかも、みたいに考えることはめっちゃあって、それも言っても仕方ないんですけど、でもめっちゃ考えちゃう。だからこの曲は恋人に向けた話とかではなくて、母親に対しても言っているし、恋愛っぽくも聞こえるけど、私的には恋愛というより、もう愛自体みたいなものなんです」
――それはラストの「Sayonara」に至るまで感じるところです。
「“Sayonara”はもともとインストの予定で、Danさんも歌詞を入れずにそのままにしようと言っていて、最後まで入れるか入れないか迷ったんですけど、tsuboiさんが“じゃあ長くしたらいいんじゃない?”と提案してくれました。それで3分くらいだった曲を7分にして、物語的にこのアルバムを締めくくるようなイメージにしました。私と写真のアルバムをめくるような感じの旅をしてきて、最後に行き着くところ、みたいな。歌詞の内容的には、母は病気の姿を人に見られたくないと言っていたけど、私はすごく美しいと思っているからどんな姿でもいいよ、ということを言ってます。それはみんなに対しても思っていることでもあって、私はみんな美しいと思うから。これは歌詞のままですね」
――それから、「Atlantic Ocean」という曲もありますし、波の音のフィールドレコーディングも収録されていますが、全体的に水や海の印象も受けました。
「それは海の近くで育ったから、自然に海があるというのが生活のベースになっているというか。綺麗なだけの海じゃなくて、海の怖い面とかも感じながら生きてます」
――アルバムを作ったことで、ご自身の気持ちの整理ができたり、自分はこういうふうに考えていたんだと気づいたことはありますか?
「長くなってしまうからそこはどう話したらいいのか難しいんですけど、母はALSという病気で亡くなったんですけど、まっとうしたね、よかったねっていう死にかたではなくて、納得のいっていない最後だったんです。私はこうやって気持ちをまとめてパッケージ化して世に出して、いい思い出だったね、みたいな感じだけでは終わらせたくなくて。しんどかったときのことをずっと考え続けるのはよくないけど、よかったねという感じにはせずにちゃんと向き合っていこうとは思っているんです。でも実際、こうしてまとめて出せたことで次に進めるなっていうのはあります。だから今、めちゃめちゃいっぱい曲を作っています」
――先に進み始めているんですね。制作中からマスタリングに至るまで繰り返し聴いてきたと思うのですが、リリースからしばらく経った今、アルバムを聴き返すことはありますか?
「聴き返したらマジで泣いちゃうので(笑)。たまに聴き返すと普通に涙がぽろぽろ出ます。自分で作った曲で泣くことなんてなかったので変な感じですね。さっきは一旦終わって次に進めるって話をしたんですけど、今はバンドセットを準備していて、また曲のステムを変えたりもしているので、まだ続いてる感じもしますね。曲をバンドメンバーで解体して、フレーズを変えたりとかしています」
――この音楽をいかに演奏していくのかは気になるところです。
「バンド・メンバーもやったことない感じみたいで、例えば曲によって途中でBPMが変わって変調するみたいな曲もあるので、“これどうやって叩くの?”ってなったりもしてます。各々違うスタイルの人が集まっているから、逆にどうしていこうって相談しながらやるのが私はめちゃめちゃ楽しくて。アルバムはけっこう生楽器が入ってるから、『Orca』の曲をやるのに比べたら現実的ではあるのかなと。ただDanさんも私もこれを作り始めたのがけっこう前で、当時に比べたら今のほうがDTMの技術とか知識が増えていて、今だったらこれやるかなっていうのがわりとあるんですよ。今だとBPMはこのくらいと決めて作り始めるけど、前は頭に思い浮かんだのを打ち込んで形にしているから、BPMが75.6785〜みたいになってるんですよ」
――あとあと面倒なことになりそうな細かい数字になってしまっている(笑)。
「もうアルバムの曲全部そうで。バンド・メンバーに音源を渡して、みんなに変だって言われてます(笑)」
――でもそれがユニークなところで、予測できないというか、フリーフォームな部分もかなりありますよね。作る際に直接的なリファレンスはなかったという話ですが、例えばアンビエントを採り入れようみたいなことはあったのでしょうか?
「基本的にアンビエントはずっと聞いているので、その要素はあるんだと思います。完全にポップスを作りたいと思ってもそれに振り切れないというか。聴き返してみて、ベッドルーム・ポップっぽいね、みたいなことは思ったかな」
――それからフォーク的なエッセンスも感じました。
「Vashti Bunyanはめっちゃ聴いてます。ああいう優しいものは好きです。でも、アルバムを作りながらDJ用のレゲトンばっか聴いたりもしているから、情緒やば、みたいな感じ(笑)。バンドセットでもやろうとして、ネバヤン(never young beach)の鈴木(健人)くんに“レゲトン叩ける?”“叩いたことないけど、やってみる”“いいねいいね”みたいなことを話しています。ライヴでレゲトンが聴けるかもしれない(笑)」
――アルバムの曲がレゲトンになっていたら驚きますね(笑)。ツアーを回るバンド・メンバーはすごくおもしろい人選で、このメンバーで何か作るのもあり得るのかな、なんて想像してしまいました。
「スタジオに入るとやっぱりみんなめちゃめちゃいいんですよ。私のアルバムを再現するんじゃなくて、普通にこのメンバーでレコーディングしたいってめっちゃ思ったんだけど……みんな忙しいんですよね(笑)。その場でインプロをやったりするんですけど、めっちゃ楽しいです。最近、自分の主催のイベントをForestlimitでやったときに、D.A.N.の(市川)仁也くんとふたりでアンビエントのセットでライヴしたんです。それも完全にインプロで 。それが自分のライヴ体験的に浄化じゃないけど、呼吸するように歌うのがすごく気持ちよくて。身体も全部リラックスしてできました。そんなふうにライヴしたことがなかったので、その体験が日常にも引き続いているし、これはバンドセットにも反映できると思っていて。今までは決められた曲をやろうという感じだったんですけど、みんなでリラックスして演奏できたらいいな、というのも思ったりしてます」
| 2024年1月23日(火)
東京 渋谷 WWW
Live: butasaku / Hinako Omori / NTsKi -Band Set-
DJ: DJ Dreamboy / Jinya (D.A.N.)
| 2024年1月27日(土)
愛知 名古屋 Live & Lounge Vio
Live: Ill Japonia a.k.a Taigen Kawabe (Bo Ningen) / NTsKi -Band Set- / 食品まつり a.k.a foodman
DJ: Jinya (D.A.N.) / Lapistar
| 2024年1月28日(日)
京都 丸太町 CLUB METRO
Live: NTsKi -Band Set- / E.O.U / Le Makeup
DJ: crazysalt / Jinya (D.A.N.) / Rosa
| 2024年2月25日(日)
北海道 札幌 PROVO
Live: NTsKi -Band Set- / Sky Mata / Tommy△
DJ: Jinya (D.A.N.) / KST / Midori (the hatch) / mitayo
■ 2021年11月10日(金)発売
NTsKi
『Calla』
[収録曲]
01. Milk White Steed
02. If (Calla Version)
03. Message I
04. Michi
05. Hanauranai
06. Calla Lily
07. Field of Flowers
08. Atlantic Ocean
09. Message II
10. Aloha
11. 2023
12. Leila
13. Clover
14. Sayonara
[Vinyl]
11月10日(金)発売