Review | イエジー・スコリモフスキ『EO イーオー』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。久しぶりのレヴュー更新。4月はちょっと忙しくてね、映画を観に行ったり作品に向き合って考える時間があまりなく、思い切ってお休みさせてもらったのです。

 さて、やっと映画鑑賞ができるゴールデンウィークがやってきた!合間合間で映画館に足を運んでいましたが、どこもめちゃめちゃ混んでるのね。まあ、映画館が活性化してるのは嬉しいことです。

 そんな中、今月はちょうど5月5日に封切られたポーランドの巨匠イエジー・スコリモフスキ監督『EO』をピックアップしました。カンヌで作曲賞受賞、アカデミーで長編外国語映画部門にノミネートされていた作品。スコリモフスキ新作かつ、なんと言ってもロバ(!)が主演とのことで、マーティン・マクドナー監督『イニシェリン島の精霊』ですっかりロバちゃんに魅了されてしまった私はこの映画を見逃せませんでした。今年はロバ・ブーム?ロバの年なのかしらね?? とりあえず、あらすじざっくり↓

愁いを帯びた瞳とあふれる好奇心を持つ灰色のロバ、EO。
心優しきパフォーマー、カサンドラのパートナーとしてサーカス団で生活していたが、ある日サーカス団から連れ出されてしまう。
予期せぬ放浪の旅のさなか、善人にも悪人にも出会い、運を災いに、絶望を思わぬ幸福に変えてしまう運命の歯車に耐えている。
しかし、一瞬たりとも無邪気さを失うことはない。

――オフィシャル・サイトより

 まず、このあらすじの文章がすごく良いよね。運命の歯車に耐えているとか、誰が考えたんだろう。ロバのEO(名前もまた良い!)を表す言葉のチョイスにも心惹かれます。そしてその表現通り、実際には6頭のロバたちが演じたEOの純真な愛らしさも間違いない。

Photo ©sunny sappa

 しかしながら、監督も言及しているように、『EO』は、ロベール・ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』(1966)を下敷きにしています。この映画、私は学生時代に観たきり(これを機にもう一度見直したかったのですが、配信はなく、レンタルはVHSだけで断念……)。はるか昔で思い出せない部分も多いけど、とにかく救いようのない絶望を感じる映画だったので『EO』も決して明るい内容ではないだろうと予測はしていました。ただ、思ったより『バルタザール~』とは異なる印象でしたけど。

 というのも『バルタザール~』はどちらからというと人間の残酷ストーリーを軸にロバがいる感じだった気がしますが(あくまで記憶ですが……)、『EO』のほうは完全にロバがメインになっていて、人間の話はかなり断片的です。ロードムービーでありながら、物語を追うより感覚で観る作品。いわゆるわかりやすい映画ではないかもしれません。それでも詩的な映像や音楽、ディテールでどんどん惹き込んでいくスコリモフスキ監督の力量、芸術性の高さは今回も存分に感じられました。

 スコリモフスキといえば、ポール・マッカートニーの恋人だったジェーン・アッシャーが出演し(髪型やファッションもかわいい)、ドイツのバンド・CANの音楽が使われた『早春』(1970)が一番有名ではないかと思います。何かのインタビューで読んだけど、この映画は“プールの水で雪を溶かして指輪を探す”というシーンから物語を発案させたそうです。ジェーン・アッシャーの起用も髪の色が決めてだった、などなど。やはり基本的には画のイメージから作品作りをする人なのかな。と思ったら絵画もやっているようでなるほど納得。

 近年では『アンナと過ごした4日間』(2008)のミニマルな表現が、ヴィンセント・ギャロが雪の中をひたすら逃げるだけなのにめちゃおもしろい『エッセンシャル・キリング』(2010)まで削ぎ落とされ、前作『イレブン・ミニッツ』(2015)に至っては、キレッキレの映像作品(さすがに凝りすぎていて個人的には好みでないけど……)なのです。スコリモフスキは今84歳なんだけど、年々進化を止めないんですよね。毎回攻めてるのが本当にすごい。前回取り上げたポール・ヴァーホーべンとはまた別のベクトルで最高にパンクなおじい監督だと思うよ!

 『EO』も内容がシンプル、セリフはほぼなくて映像の力強さで引っ張ってゆく感じはここ最近のスコリモフスキのスタイルではあるけど、確実に違うのはいつになく心情や心境に寄り添っている点かも。監督自身もパンフレットのインタビューの中で何よりも感情に訴える作品を作りたいと思っていましたと語っています。前述の『アンナと過ごした4日間』や『エッセンシャル・キリング』『イレブン・ミニッツ』は客観性を以って事象やアクションをストイックに捉えてみせた作品だったのに対し、『EO』はもっと主人公の内面にフォーカスされてる。所々で差し込まれる顔のクローズアップ、視界を意識したカメラワーク、それは感情移入を誘導しているとも言えるよね。

 しかし、その主人公が、えっと……、ロバという動物であって……。果たして、動物に感情はあるのでしょうか?うーん、我々人間にはわかんないけど、少なくともこの映画ではあるんじゃないかと思えた(それも『バルタザール~』にはない部分だった)!だから、ロバの気持ちになってみる。ロバになったと想像してみる……。それはエモーショナルな体験なのです。また一方で、人が絡むパートはドライで引いた表現になっているから、すごく滑稽に見えるんです、人間という生き物が。「調教は動物虐待!」と言ってデモをする人たち、サッカーで盛り上がる人たち、暴れる人たち……。あのイザベル・ユペールさえEOの供えもののように見えてしまう……。

 そんなスコリモフスキ監督の、人間(とそれを取り巻く社会)を見るときの冷静さ、対して動物や自然への溢れんばかりの敬愛の念。この映画に残酷さや難解さを感じる人もいると思うけど、監督の大事にしている部分とか価値観が垣間見られる体感型アート作品としてしっかり見応えがありました。とにかく、“動物みたいに” 感覚を研ぎ澄まし、映像や音楽を感じる作品なので、ぜひ映画館で観ていただきたいです!

■ 2023年5月5日(金・祝)公開
『EO イーオー』
東京・ヒューマントラストシネマ渋谷, 新宿シネマカリテ, ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにてロードショー
https://eo-movie.com/

[監督]
イエジー・スコリモフスキ

[脚本・製作]
エヴァ・ピアスコフスカ / イエジー・スコリモフスキ

[出演]
サンドラ・ジマルスカ / ロレンツォ・ズルゾロ / イザベル・ユペール

配給: ファインフィルムズ
後援: ポーランド広報文化センター
2022年 | ポーランド・イタリア | ポーランド語・イタリア語・英語・フランス語 | カラー | 88分 | G | 原題: EO
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sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。