Review | ケリー・ライカート『ファースト・カウ』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。今月は観たい映画がたくさんあって追いつかない~っていう感じでしたが、かねてから楽しみに待っていたケリー・ライカートの『ファースト・カウ』を公開初日に観ることができたので、早速ご紹介しますね。

 以前ライカート監督の特集上映「漂流のアメリカ」について書いた約2年弱前、2019年にA24でこの映画が作られているらしいと最後に触れましたが、4年の歳月を経てこの度やっと公開!ジム・ジャームッシュ、ポン・ジュノ、トッド・ヘインズらから賛辞の言葉が贈られ、USインディペンデント映画の至宝なんて形容されていながら、ライカート監督の作品が日本で正式に公開されるのはこの作品が初なんですね……。なんたることか!でも、一気に盛り上がりムードでAmazon Primeでも過去作品が全て観られるようになっていましたよ(これを機に私の過去の記事も参照いただけたら幸いです!!)。あらすじざっくり↓

物語の舞台は1820年代、西部開拓時代のオレゴン。アメリカン・ドリームを求めて未開の地にやってきた料理人のクッキーと、中国人移民のキング・ルー。共に成功を夢見る2人は自然と意気投合し、やがてある大胆な計画を思いつく。それは、この地に初めてやってきた“富の象徴”である、たった一頭の牛からミルクを盗み、ドーナツで一攫千金を狙うという、甘い甘いビジネスだった――!
――オフィシャル・サイトより

 『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』(2013)、『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(2016)と、近年の監督作品は悪くはないものの、以前と比較してしまうと切れ味、持ち味が感じられず、個人的には不完全燃な印象だったのが正直なところで、期待もある反面裏切られたらどうしよう……という怖さもちょこっとあった『ファースト・カウ』でしたが、いや~、良かったです~、本当に。ジョナサン・レイモンド原作 / 脚本で再びオレゴンを舞台に撮った本作は、「あ、これだ!」っていう“らしい”部分がしっかり戻ってきていてファンとして非常に嬉しかったですね。

 クッキーは物静かで心優しいけど愚鈍で気弱な料理人(高め声が特徴的)。パンフレットでのジョナサン・レイモンドの表現で言えば、決して主人公ではないのだが、おそらく何百本もの映画に、合計10分ほど登場人物するような人物。一方キング・ルーは豊富な資源を求めてこの地に辿り着いた中国人移民です。そんな2人が希少だった牛のミルクを盗んで作ったドーナツで商売を始めるというシンプルなストーリー。絶対バレるだろうな……という展開も予想通りなのに、細かなディテールの描写や鋭い視点による画面作りにぐっと惹きつけられました。

Photo ©sunny sappa

 驚くことに1820年代当時のオレゴンはまだまだ未開の地でありながら、人気を博していた毛皮貿易の中心地だったようで、かなり国際色豊か。先住民を含め、多様な人種が共存するコミュニティはまさに現代アメリカ社会の縮図とも言えますよね。その中で底辺に生きるクッキーとキング・ルーが手を組むのも横の連帯感として必然的ですし、珍しくておいしいものにはお金を出したり、行列しちゃう消費者心理もまるで今と変わんない(笑)。これまでの作品もそうですが、時代や背景に関わらず、埋もれてしまっているような人々のごく個人的な事柄や日常を描くことで社会や政治を喚起させる手法は、ライカート監督の敬愛するシャンタル・アケルマン『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(1975)やサタジット・レイの作品(サタジット・レイについてもこちらに書いています)からの影響が窺えます。

 またライカート諸作に共通するのは、最終的に事が収まって話が終わるのではなく、むしろこれから何かが“始まる”とか“続いてゆく”っていうのが映画の着地点になっている点でした。そう思うと、『ファースト・カウ』では、初めて主人公の死という物理的な結末があります。しかし、それはあくまで表層的なものに過ぎず、彼らの存在はアメリカ史における一部、一過程でもあります。それが冒頭の現代パートの意図する部分でもあって、実際歴史はずっと続いているんです。だからクッキーとキング・ルーの姿は、スケールは違えど、これまでライカートが一貫して捉えてきた“物語の途中”と実は変わりがないんじゃないかな。そして、歴史の中で取り上げられてこなかった、しかしながら確実に今を生きる私たちに繋がる無数の名もなき人々の物語を掬い上げること(フィクションとしてでも)で敬意を表しているようにも感じます。

Photo ©sunny sappa

 結局クッキーとキング・ルーはどこへも行けず、志半ばで終わってしまいますが、不思議とそこに悲壮感はなく、彼らの白骨を見つけた女性がふと空を見上げた際の平穏な清々しさが余韻として残ります。鳥には巣、蜘蛛には網、人には友情というイギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの詩の一編が引用されているように、友情とは安心できる場所なのです。

 『オールド・ジョイ』(2006)と同様に、男性2人の関係に恋愛のニュアンスを感じ取れる部分はなきにしもあらずですが、個人的には愛情の本質は友情の延長線上にあるとも思うので、さしあたって特別なことではないでしょう。また、『リバー・オブ・グラス』(1994)のような連帯関係、『ウェンディ & ルーシー』(2008)に通じるモチーフの数々、『ミークス・カットオフ』(2010)的な19世紀の時代背景なども垣間見られ、これまでの作品に共通するテーマの集大成的な作品としても観ることができます。

 劇伴を担当しているWilliam Tylerという人のギターもいいなぁと思ったら、LAMBCHOP(大好き!)やSILVER JEWSにも参加していたそうです。鑑賞時には全く気が付かなかったけど、SILVER JEWS繋がりで?Stephen Malkmus(PAVEMENT)もちょい役で出演しています!

 映画を観終わり、ほっこりした気持ちで外に出てたら、クリスマスのイルミネーションと師走の空。もうすぐ2023年も終わるなぁ。来年も良い映画と沢山出会えますように。みなさまも良いお年をお過ごし下さい!

■ 2023年12月22日(金)公開
『ファースト・カウ』
東京・ヒューマントラストシネマ渋谷, 新宿武蔵野館ほか全国公開
http://firstcow.jp/

[監督・脚本]
ケリー・ライカート

[脚本]
ジョナサン・レイモンド / ケリー・ライカート

[出演]
ジョン・マガロ / オリオン・リー / トビー・ジョーンズ / ユエン・ブレムナー / スコット・シェパード / ゲイリー・ファーマー / リリー・グラッドストーン

[音楽]
ウィリアム・タイラー

[撮影]
クリストファー・ブロベルト

[編集]
ケリー・ライカート

[美術]
アンソニー・ガスパーロ

[衣装]
エイプリル・ネイピア

日本語字幕: 中沢志乃
配給: 東京テアトル / ロングライド
2020年 | アメリカ | 122分 | スタンダード | カラー | 5.1ch | G | 原題: First Cow
©First Cow

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。