Review | ジェド・I・ローゼンバーグ『ラウダー・ザン・ユー・シンク ギャリー・ヤングとペイヴメントの物語』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。今月は久しぶりに音楽ドキュメンタリーをピックアップしてみました!はい、PAVEMENTのメンバーだったGary Youngさんを題材にしたこちら、『ラウダー・ザン・ユー・シンク ギャリー・ヤングとペイヴメントの物語』という作品です。ね、もうすでにおもしろそうでしょ?! あらすじざっくり↓

幼馴染のスティーヴン・マルクマスとスコット・カンバーグは大学卒業後、一緒に音楽を作ろうと決心。地元ストックトンで安いと噂のレコーディング・スタジオ、その名も「Louder Than You Think(ラウダー・ザン・ユー・シンク)」を訪れる。マリファナの匂いが立ち込める怪しげな部屋の中佇んでいたのは、界隈では名の知れたおじさんドラマー、ギャリー・ヤングだった。スタジオでギターをかき鳴らす若者2人にギャリーは尋ねる。「それじゃただのノイズだ。俺がドラムを叩こうか?」
プログレ上がりで腕は確かなギャリーのドラムが加わり、ペイヴメントは独自のローファイサウンドを確立。1992年には伝説のファーストアルバム『スランテッド・アンド・エンチャンテッド』をリリースし、「次のニルヴァーナ」とも称され90年代ロックシーンを熱狂させる。しかしその一方、酒とドラッグに溺れるギャリーは次第に制御不能になっていくのだったーー

――オフィシャル・サイトより

 PAVEMENTにかつておじさんのメンバーがいたという事実はふんわりと知っていたし、『rockin'on』誌に連載されていた人生相談コーナーも記憶にあるような、ないような……ですけど、自分がリアルタイムで聴いてた頃にはもういなかったということもあって特に注目する機会がなかったので、今回改めてGaryさんとPAVEMENT、当時のストックトンの音楽シーンについても知ることができて、非常に興味深かったです。映画自体もすごくおもしろくて良い作品でしたよ!

 それにしても、今、なぜ?誰が?? Gary Youngのドキュメンタリーを作ろうと思ったんだろうか?! 今回たまたまプロデューサーの1人であるジェフリー・クラークさんのトークイベントの回に行けたので、聞くことができました。このかたもカリフォルニア出身で、ストックトンのパンク・バンドの数々でプレイしていていたGaryさんを知っていたそうです。ちょっとした有名人と言っていたけれど、あくまで地元のベテラン・ミュージシャンとしてですよ!その後ロンドンに住んでいたときに、Garyさんが『Melody Maker』誌の表紙になっているのを見つけて非常に驚いたらしく、「あのGary Youngが表紙になるくらいならなんでもできる!」と感じてこの企画を思いついたとのこと(笑)。

 とにかくね、Garyはすごいキャラクターなんだな。見た目はヒッピーみたいな感じ、アル中だし、目立ちたがり屋で、承認欲求が強く、ライヴ中はドラムそっちのけで逆立ちしたり、野菜を配ったり、おじさんなのに一番子供みたいなんだよね。Stephen MalkmusとScott KannbergはGaryに「ガキども」なんて言われてたけど、おいおい、よっぽど大人に見えたよ……。

 そんな縦横無尽な中年Garyがなし崩し的に(笑)PAVEMENTに加入してから、バンドの認知を押し上げ、数々の伝説を残しつつも、最終解雇されるに至る経緯は、なかなか感慨深かった。

 そもそも、”低体温の若者たち“がトレードマークであるはずのPAVEMENTにおいて人一倍元気で強烈なエネルギーを放つ変なおっさんGaryは完全に異物。しかし、それ故の化学反応のインパクトで、まさに奇跡とも言える瞬間を生み出すことができたのは、PAVEMENTというバンドの誕生に不可欠だったのもまた確かですよね。そう、それは奇跡的な何かなんです、言うなれば日食とかそういう類の……。もともと違うスピードと軌道で動いているもの同士が偶然重なり合うことがあって、その数十年か数百年かに一度の美しい瞬間に私たちは魅了されてしまうわけなんです。バンドって意外とそんなものなんじゃない(例外もいっぱいあるけど)?ビッグであるほど黄金期があったり、継続ができなかったり。それは人と人もそうだし、対時代や環境の場合もあるのだ。そして一定の時間が終われば徐々にズレながらまたそれぞれの方向へと向かって行くのも必然的なのかな……と。Garyが去った後のPAVEMENTも99年に解散してますし。

 バンドの名声が高まるほどに爆走して行くGaryの姿にはやるせなさと哀愁を感じてしまったけれど、PAVEMENTとGary Youngの物語はある意味なるべくしてなった自然な結果に落ち着いたとも思うわけですよ。

Photo ©sunny sappa

 それでもやっぱり本作について特筆すべきは、Garyさんが愛すべきオヤジだったということでしょう!あんなにやりたい放題で困らせまくっていたPAVEMENTのメンバーをはじめ、家族も地元の友人も、日本のファンも、みんな彼が大好きなんです。私もすっかり魅了されてしまいましたよ。

 2023年に癌で亡くなる前にこの映画が完成し、喜んで観てくれたことも含め、Gary Youngの人生とは、問題も多く、数奇でありながら、総体的には幸せなものだったんじゃないかな(奥さんがめちゃくちゃ素晴らしい人だからきっとそれだけでも♡)。

 最後にちょっとPAVEMENTについて。当時、どちらかというといわゆるローファイとして双璧を成していたBeck(Calvin Johnsonのレーベル / スタジオで作られた94年の『One Foot In The Grave』とか、いまだにフェイヴァリット……)のほうに入れ込んでいた私は、熱狂的なファンとは言えないかも知れないけれど、脱力感と等身大な感じは好きで、なんとなく一通り聴いてきた世代。手元にもまだ数枚のCDが残っているし、Appleのプレイリストにも入れていて、ランダム再生でたまに流れてくると懐かしさも相まって純粋な曲の良さも再確認させられます。

 アルバムを時系列で並べると、Garyのいた1st『Slanted And Enchanted』(1992, Matador)がやっぱり一番ローファイで、順を追うごとにわかりやすく洗練されていくのもおもしろい。演奏も上手くなっていって、ちょっと変な言い方しちゃうと、どんどん普通になっていというか。そのうち自分もこの手のジャンルへの興味が薄れてしまい、だいぶ時間が経ってからNigel Godrichがプロデュースした『Terror Twilight』(1999, Matador)を聴いたとき、完成度に高さに驚いた一方で、もう自分の知っているPAVEMENTではない感じすらしてしまった記憶もある。それでも、それはそれで、どの作品もバンドの“その時”を切り取った名盤だと思います。

 あとは、今若い人にも人気があって再評価の勢いがすごいのもわかるな。1周か2周か回って、音もだけど、バンドとしてのスタンスもちょうど今っぽいのかもね。でっかい夢も野心もほどほどに、本当にやりたいことができる環境や気の置けない仲間とリラックスした雰囲気を重視する姿勢は、最近のバンドやアーティストからも共感を得ているんじゃないかな。

 そんなこんなでいろいろ書き散らかして、本当にリスナーって自分勝手なもんですね……と身をもって感じましたが、まあ、とにかく、この映画を観たら今よりもっと、PAVEMENTとGary Youngが大好きになることは間違いないです!最高!!

Photo ©sunny sappa

■ 2024年6月15日(土)公開
『ラウダー・ザン・ユー・シンク ギャリー・ヤングとペイヴメントの物語』
東京・渋谷 シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
https://www.imageforum.co.jp/louder_than_you_think/

[監督]
ジェド・I・ローゼンバーグ

[脚本・編集]
グレッグ・キング / ジェド・I・ローゼンバーグ

[出演]
ギャリー・ヤング / スティーヴン・マルクマス / スコット・カンバーグ / ボブ・ナスタノビッチ / マーク・イボルド / ジェリ・バーンスタイン / ケリー・フォーレイ

[製作]
ジェフリー・ルイス・クラーク / ブライアン・タルケン / ケリー・トーマス

[制作総指揮]
スコット・カンバーグ

[撮影]
デヴィッド・ニコルソン

[音楽監修]
マイケル・ターナー

[パペット演出]
エイドリアン・ローズ・レオナルド

日本語字幕: 西山敦子
配給: ダゲレオ出版
2023年 |アメリカ | 英語 | 90分 | カラー | 原題: Louder Than You Think: A Lo-Fi History of Gary Young& Pavement

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
Instagram

東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。