Review | 山中瑶子『ナミビアの砂漠』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。今月は「カンヌ国際映画祭」で“国際映画批評家連盟賞”を最年少で受賞したという話題作『ナミビアの砂漠』をピックアップしてみました~。事前情報ではいまいち全貌がわからない感じだったけれど、たしかになかなか一言では表現し難い、でもめちゃめちゃおもしろい映画でしたよ!

 え、砂漠の話?じゃないんだ~??!! あらすじざっくり↓

世の中も、人生も全部つまらない。やり場のない感情を抱いたまま毎日を生きている、21歳のカナ。
優しいけど退屈なホンダから自信家で刺激的なハヤシに乗り換えて、新しい生活を始めてみたが、次第にカナは自分自身に追い詰められていく。もがき、ぶつかり、彼女は自分の居場所を見つけることができるのだろうか・・・?

――オフィシャル・サイトより

 砂漠に行って自分探しをする話ではなく、一言で言うとカナという人物をひたすら撮っている映画です。2人の男性・ホンダとハヤシもメインとして出てくるけれど、あくまで彼女の映画。ナミビアどころか全編主人公の半径5m以内の世界しか描いていません!狭っ!!

 カナはダメでイヤな部分がいっぱいで、ちょっとムカつく奴(けっこう普通の子よ)。でも私はなんだか憎めなくて、目が離せない。なんだろう、この絶妙なキャラクター。演じている河合優実さんの素晴らしさ、魅力も大いにあるんですけど、後半に行くにつれ戦闘モードとヴァイオレンス度数を上げていくカナの姿はとにかく生きるパワーが漲っているわけよ。恋愛に浮かれてる前半よりも断然生き生きしてるじゃん、って、そういうものに人は惹きつけられてしまうからなんだろうな。

 カナを見ていたら、なんだか、ふと『こわれゆく女』(1974, ジョン・カサヴェテス監督)を思い出してしまった。ジーナ・ローランズ扮するメイベルは、母たるもの、妻たるもの、女たるもの……という幻想に囚われすぎて自分を見失い、精神が崩壊していくんですけど、今我々が観るとそれって必然的に感じるでしょう。しかし、劇中ではメイベル自身も周りも決してその理由に気が付かない。だって、それはその時代にあたりまえに存在する価値観が蔓延し過ぎて、みんな疑問すら持たないから。カサヴェテスは滑稽さや温かさを交えて描いていますが、冷静になって考えたらけっこう絶望的だよね。

 『ナミビア~』のカナの場合は時代も立場も違うし、自分勝手で奔放でも、メイベルと同じく自己喪失しかけていて、目に見えない圧力とか閉塞感、そこいらに溢れかえっている嘘っぽい空気に心身が反応してしまった結果、ああなってしまったんじゃなかろうか。カナがハヤシに言う台詞「私じゃなくて、おまえがおかしいんだよ」って、まあ、そういうことなのだ。

 うまく言えないけど、両者は精神性と時代の狭間で、(本来の意味で)生きることを渇望しているからこそ、壊れていくように見えるんですよね。ただ、カナがメイベルと大きく異なるのは、なんとなくでも自覚があって、不本意だとしても、自分自身や時に対人(ハヤシ)と真っ向から向き合って闘争し、足掻く機会を与えられていることだと思う。1970年代は異常事態だった精神科通院も一般化しているしね。そこにはまだ希望があります。

 そして、象徴的に挿入されるのがカナが携帯で観ているナミビアの砂漠の動画。オアシスで謎の動物(インパラかオカピみたいなやつ)が水を飲むこの映像はエンドクレジットでも流れます。これが何かを意味するなら、不毛の地で心穏やかに生きる理想の姿?桃源郷??

Photo ©sunny sappa

 とはいえ、20代なんていつも現状に満足せず、もがいて、もがいて、やっと人生第一歩くらいだと思うんで、映画での切り取りかたとか、なにかしらのフィルターを通すと奇異に感じられるカナの話も、意外と普通のことなのではないかしら?だから共感できる部分があったんだろうな。そう言った意味では『フランシス・ハ』(2012, グレタ・ガーウィグ監督)とか『わたしは最悪。』(2021, ヨアキム・トリアー監督)のような成長譚としての温かみを持ち合わせています。しかし、過去の映画から着想を得ているディテールや題材は見受けられても、作品全体としては全くどれとも似ていないです。

 その理由のひとつとしては、変わった編集かな?それがあえての計算されたものなのか、自由にやっているだけなのか、様式にはこだわってなさそうに見える。おしゃれ感やスタイリッシュさみたいなかっこつけもない。そのかわり正直で衝動やエモーションを重視する要素が強い。それがストーリーと相まって没入感があり、不覚にもカナの生活をもっと観ていたくなってる自分がいました。結論もなく終わるので、一瞬???? なんですけど、鑑賞後になんかじわじわくるんだな。これはちょっと未体験ゾーンでしたね。

 監督の山中瑶子さんは1997年生まれの現在27歳。演者含め若いスタッフたちで作られた本作『ナミビアの砂漠』は、否が応でも昨今、我が国に生きる若者の感覚をビシバシ感じる作品です。

 居酒屋感覚でホスト・クラブに行ったり、脱毛や整形もあたりまえ。ちょい昔ならDVするのは男のほうが定番だったけれど、嘘ついて浮気して暴力振るうのは主人公のカナである。ジェンダーロールなんてものはとっくのとうに乗り越えちゃって、もはやそれどころじゃないんだよね、彼らの問題って、もっと先にある。うーん……まだまだ未来に対する不安は全く払拭できませんな。

 なんでもありだから、何がしたいのかわからない。多様化が謳われ、一見自由になったようでも水面下にある差別や偏見は変わっていなかったり、持たざる者(生まれ持った環境 / 貧富や美醜など)にとっては絶望的な世の中だから、簡単に手に入るうわべの楽しみで蓋をして無気力 / 無感情にならざるを得ないのか?それができちゃう今に生きることは幸か不幸か?? ノーフューチャーだけどもうパンクは生まれないだろうな、と思っていたら、ここにパンクがいたわ(笑)!

 この映画は、何か大きなテーマを掲げる意図などさらさらないと思うけれど、少なからず監督の感じている漠然とした感情が込められているというのは間違いないですし、オリジナル・スタイルでおもしろいところにもっていけるのは本当にすごい才能!きっと山中監督ってパンクで今どき珍しいくらいとても人間くさい若者なんじゃないかな……と勝手に想像しています。

Photo ©sunny sappa

■ 2024年9月6日(金)全国公開
『ナミビアの砂漠』
https://happinet-phantom.com/namibia-movie/

[脚本・監督]
山中瑶子

[出演]
河合優実 / 金子大地 / 寛一郎 / 新谷ゆづみ / 中島 歩 / 唐田えりか / 渋谷采郁 / 澁谷麻美 / 倉田萌衣 / 伊島 空 / 堀部圭亮 / 渡辺真起子

音楽: 渡邊琢磨
撮影: 米倉 伸
照明: 秋山恵二郎
録音: 小畑智寛
美術: 小林 蘭

製作: 『ナミビアの砂漠』製作委員会
企画製作・配給: ハピネットファントム・スタジオ
©2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。