Interview | YUKSTA-ILL


その人たちにも守るべきものがある

 YUKSTA-ILLが今年6月にリリースした『BANNED FROM FLAG EP』は“コロナ禍の世界に鳴り響くHIP HOP”だった。ストイックでストレート過ぎる変わらない姿勢は、不安に溢れる世界に希望を感じさせてくれる。8月にEPに3曲を追加した『BANNED FROM FLAG EP 2』をCDのみでリリース、レコード屋や洋服屋に新しいCDが並ぶ、変わらないものと変わっていくもの。現在と未来で持つ意味が変わってゆくもの。2020年のベスト作品の背景を知りたくてYUKSTA-ILLに話を訊いた。

 質問は『Summer Reading Zine』(Nine Stories)にてYUKSTA-ILLのEPに関して素晴らしい言及をしていたikm(Riverside Reading Club)に考えていただきました。


文 | Lil MERCY (WDsounds)
取材 | ikm (Riverside Reading Club) | 2020年9月


――“部屋に篭ること余儀なくされ”た、いわゆる自粛期間中には少なからずライフスタイルも変わったと思います。その中でカルチャーや娯楽、いわゆるインプットとも言われるものへの接し方やその種類は変わりましたか?また、その中で特に印象的なものがあれば教えて下さい。それがある場合、今回の作品に影響を与えましたか?

 「バスケが好きなんですが、自分が常に観続けているNBAも例外に漏れずシーズンが中断されてしまったので(※7月より再開)、過去の試合動画をYouTubeで漁りつつ、それを垂れ流しにした状態でリリックをひたすら書いていました。マイケル・ジョーダンの試合を一通り制覇したら、次はアイバーソン、そしてコービーって感じで。5曲目の“TORCH”はその影響を受けたものかも。ただ、シーズンが中断される前も結局試合を観ながら制作していたので、根本的な部分は変わってないですね。週末になってもどこにも行けない状態が続くと流石に滅入りましたが、今しかできないことを考え、情報を見極めて言葉に落とし込む作業を繰り返していました」

 バスケットボールからの影響を以前から公言するYUKSTA-ILLらしい、制作に関する変わらなさだが、それはこの期間により自分の中で意識するようになったように感じる。週末にクラブでライヴするのが当たり前だった、制作をして向かうライヴが当たり前だった日常が変わってしまったことを意識するように。

――“一から見直されるべき価値観”というリリックがありますが、音楽活動、私生活問わず具体的に変わったと思える価値観はなんでしょうか?また、その中でも変わらなかった、変えたくない価値観、こだわりもあれば教えてください。
 「様々な人たちと会う機会が激減してしまった点ですね。完全に欠落してしまっていた時期に比べると違いはありますが、直接目と目を合わせた、面と向かってコミュニケーションを取る場所が少なくなってしまった。自分はやったことがない(やりたくない)ので、あくまで聞いた話やテレビで見かけるものでしか判断できませんが、Zoomなどを使用したリモートのやり取りでは伝わりきらない人の感情だったり、“間”があると思うので、これが今後の常識になってゆくのであれば、とても劇的な変化だと思います。その点ではまだ自分は全然対応できていないと思うし、なんなら今でもたくさんの人と会いたい。人とのコミュニケーションはそれほど得意というわけではないけど、大切に思っていて、皆で同じ景色を共有して、悩んだり、笑ったりしたい。そこから得られるもので、人の感性はより豊かになると思うので」

 YUKSTA-ILLはツアーをその音楽活動において大切にしている。その中で、様々なアーティストと出会い、制作をしてきた。YUKSTA-ILLの今までリリースした作品、今まで参加した他アーティストの作品を並べてみればそれは明らかだ。人と距離に関して言及するリリックも数多い。

――あるニューヨークの作家は、“正気を保つため”にロックダウン中のニューヨークにインスパイアされた物語を書いていました。このEPの制作過程には、コロナ禍を過ごす中でこれまでの制作とは別の自分の内面に関わる動機や、ご自身がこの期間を過ごす上で必要だった特別な意味がありましたか?
 「4月に緊急事態宣言が発令された段階で、出演する予定だったイベントがすべて延期 / 中止となり、先が全く見えない状況下に陥りました。ちょうど同じくらいの時期にWDsoundsのマーシー君経由でNYCからDJ SCRATCH NICEとGRADIS NICEのビート集が届いたのですが、その時点で実は別プロジェクトの制作を進めていたんです。そこで考えたのは、ライヴがなくなったのは自分だけではなく、全国で活動するほとんどの音楽家であること。その逆境を反映させた音楽を作り、まとまった作品として世に送り出す人たちが数ヶ月先に何人も出てくると考えたとき、自分がそのリストの中にいないのはまったく想像できなくて。そこからすぐにマーシー君に返信してビート選びに入り、恐らく同じコンセプトでいろんなアーティストが発表するあろう作品群の中において自分が最も秀でたものをリリースすると言う意識、モチベーションの下に制作を開始しました」

YUKSTA-ILL

 質問にある小説『ボッティチェリ 疫病時代の寓話』(バリー・ユアグロー著 | 柴田元幸訳 | ignition gallery)は、ロックダウンという状態によって生み出された短編集、いや、EPという言うほうがここでは合うと思う。日本はロックダウンとまではいかないけれど、緊急事態宣言のもとに、移動はある程度失われた状態となっていた。ニューヨークは9月16日の現在でも、まだ閉鎖されている店が多いと聞く。この期間に三重県鈴鹿市とニューヨークのブルックリン、ブロンクスが繋がり、作品が生まれることにシンプルな素晴らしさを感じる。

――先述したニューヨークの作家が書いた小説も含めて、今の時代を切り取り、アートフォームに落とし込んだ作品に幾つか触れましたが、その中でもこのEPは最良のものだと思いました。このEPの他に今の時代を切り取ったもの、アート、報道、ご友人の言葉などを問わず、印象的なものがあれば教えてください。
 「ありがとうございます。ラップというアートフォームに関して言えば、自分が思っていたほどこの現状を題材にしたリリースは少ないのかも。楽曲単位の動画や配信はあれど、ミニアルバム・レベルのまとまった作品はごく僅かに感じます。これからリリースされるものがあるかもしれませんが、現段階でそれに該当する作品はTHA BLUE HERBの『2020』やMiles Wordの「『STATE OF EMERGENCY』EPくらいだと思います。それ以外で印象的だったものを挙げるとすれば、かなり早い段階で地元のティーイコールツーというラッパーがYouTubeにアップしたコロナに関しての曲ですね。自分とはスタイルが全然違うのですが、状況を逆手に取る彼らしい表現が上手く作用している様に感じました。凄く偏屈で方向性はまったくもって合わないし、共感できる部分も正直数少ない。でも音楽に対して真っ直ぐやし、憎めない奴なので応援してます」

 世界を見ながら自分の深いところを見つめること。そしてその先にある答え、閉鎖された(本当に閉鎖されているのか?)状況の中でも切磋琢磨している他のアーティストを見ること、意識すること。YUKSTA-ILLの発言からはアーティストとしての変わらないストイックな姿勢が溢れている。それはこの時代の希望。

――「それは自分の言葉で時代を切り取り曲にする事でした」とのコメントを読みました。今までも時代、社会を切り取ってきたと思いますが、曲やリリック単位ではなくひとつの時代、社会をテーマにEPを作るというのは、やはり今の時代と同じように特別なことだったでしょうか?
 「時に壮大な茶番に感じてしまうときもあったりするんですが、今年の3月、4月あたりから世界情勢が急変した直接の要因でもあるCOVID-19は、人類に突きつけられたとても大きな課題だと思ってます。このEPは自分がラッパーとしてその課題に向き合ったレポートです。ちなみになぜEPになったかというと、単純に1曲にすべてをまとめることが不可能だと思った反面、アルバム単位で延々とコロナについてラップするのもくど過ぎるし、制作に時間が掛かり過ぎてタイムリーな鮮度が落ちる。以上の点を踏まえて現状をまとめるにはEPサイズがうってつけと判断しました」

――リリックでは「時代を切り取るの“も”役目」とあります。ラップに限らず、あらゆる表現はそれ以外の役目も勿論あると思いますが、今のこの特別な時代は様々な表現者が切り取り表現する“べき”でしょうか?もし、今までと何も変わらず時代や社会にもふれない表現があるとしたら、それについてはどう思いますか?
 「それはそれで良いのかな。たしかに向き合うことも大事なんですが、この憂鬱な現状を忘れさせる瞬間を提供できる側面も音楽の素晴らしさだと思います。正直、今後リリースされる音楽が現状ばかりを唄った内容のものばかりだったら、それはそれで気が滅入る(笑)。なんなら自分も、『BANNED FROM FLAG EP』を作るにあたって一旦中断していた全く違うトピックの作品の制作を今は再開していて、通常運行に戻っています。でも世の中で起きている事柄に関しては変わらず静観、注視を続けてはいるので、言いたいことが何かできればまた表現したくなるのかも、結局」

 通常の生活も緊急事態の生活も変わらずYUKSTA-ILLは作品を作っている。その事実がこのEPに大きな意味を持たせている。何かが起こったから何かが生まれるのではなく。時代や社会に目を向けている、そして何かを生み出している人間が、この時代に作品を作ったということ。

――このEPに限らずですが、所謂社会的なトピックと個人的なそれがシームレスに同等に扱われていると思います。社会的、時に“政治的”と言われるようなトピックと、個人的な話や街の話を同列に扱うことは意識的にされているのでしょうか、それともそこに違いはなく、同じようにご自身が経験されたこと、感じたこととして扱われているのでしょうか?
 「自分はそのときに感じたことをラップに反映させたくて、目の前に広がっているものをかたちにしたら、結果的にそうなっていたケースが多いです。ただ今作に限って言えば、極端に偏り過ぎないように意識はしました。やり過ぎるとそのイメージが付いてしまうというか。自分としては社会派ラッパー的なレッテルは欲してなくて。ラッパーとしてのキャリアを重ねていく上で、そこらへんのバランスは保ちたいと思っていて。でも社会的な内容を題材として扱うことに躊躇はないですね。違う意見を皆が持って生きているわけだから、聴いた人全員が共感してくれるとも思っていないし、そもそもそんな都合の良い作品はこの世に存在しないと思います」

 この作品の表現の根底にある意識や意見はストレートに政治や社会と向き合っている。

――表現者に限らずですが、“政治的”や“社会的”なことを意識的に避けてしまうような風潮が今まではあったような気がしています。それは今の時代のように全ての人が同じ問題に直面せざる得ない状況では変わっていくでしょうか?また、その変化があるとすればそれは良いことと言えるでしょうか?
 「荒療治かもしれませんが、未来のかたちを自分たちで考え、そのための動きをそれぞれが取らなければならなくなった現状は前進と捉えて良いと思います。同時に、そう簡単に人は変わらない、と半分諦めていたりもします。若い世代の投票率が低いのと同じで、声を上げても届かないだろうと傍観してるだけの人がたくさんいるように感じますね。もしくは、そういった内容を口にすると来る様々な角度からの批判、誹謗中傷を恐れているというか。どういう経緯でそうなってしまったのかまで言及するつもりはないですが、人と違うことをするマイノリティを個性と受け止めず、揚げ足を取ろうとする人たちが大勢いる。テレビやメディアの報道で見たり聞いたりしたことを鵜呑みにして、すべて知ったつもりになっているマジョリティが正義みたいになっている風潮にはウンザリです」

YUKSTA-ILL

 EPサイズ、そして、CDでは曲を追加したリリース方法、自らのホームであるRC SLUMからのリリース。全てがYUKSTA-ILLの表現だ。

――配信音源がリリースされた緊急事態宣言直後の東京でこのEPを聴いて、生活する上で感じていたのとは別のところからのリアリティを感じ、緊張感も覚えました。ラップが時代を切り取るということは、音楽、アートということ以外の意味、“目に見えない戦争”のような状態に、警鐘や意識の変化を及ぼせるものということを意識していますか?
 「気付かせることはできると思います。直接目に見えないから、天災やテロみたいに劇的な変化を感じとるのが難しい。だからこそ普段生活していても分からない部分を言葉にして表現する。ラップをしていて思うのは本人が思ってる以上に人の心を打っていたり、逆に誤解を招いてしまっていたりするんですよね。自分より影響力を持ってるラッパーは山ほどいるけど、Twitterでメンヘラみたいなこと呟いたり、ユーチューバーになってヒップホップとは無関係な事柄で一喜一憂してる人たちの音楽を聴いてもなんとも思わない。それより真意に音楽と向き合って表現を恐れず、ブレずにずっとやっている奴らのほうががよっぽど魅力的やし、かっこいい。例え遠回りやとしても、自分はいろんなことを気付かせてくれたり、根本的な違いを明確に生み出せるアーティストを目指したいです。その違いって本当に紙一重なんやろうけど。そういった部分に皆が焦点をもっと合わせてくれたらいいのにな、なんて勝手に思ってたりします」

 クオリティ・コントロールを徹底すること。アーティストとして表現すべきタイミングで表現すること。それを両立することでYUKSTA-ILLはラッパーとして地に足のついた活動を今も続けている。辛辣なパンチラインはいつものことだ。

――配信とその後のフィジカルでのリリースで、時代を切り取るスピードと作品として残すことが完全に両立されているように思いました。“バトンやチャレンジ”、動画サイトへの投稿や、配信だけではなく、フィジカルとして作品と今の時代の状況や空気を後世にも残すことは意識されていますか、またそこにどんな意味があると思いますか?
 「先に配信で3曲リリースしたのは日毎に変わる状況の中でもタイムリーな作品を届けたかったから。データを渡してリリースされるまでの早さには自分も驚いたし、勉強になりました。その上でフィジカルとしても作品を残しておきたかったのは、この記憶媒体がまだ日本に、そしてRC SLUMには必要だと感じているから。デジタルが主流となった現代でも、かたちがあるというのはそれだけで特別なことやし、だったらなおさらCDを購入してくれた人にしか味わえない、この時代特有の何かを用意したかった。配信では得られないものというか。映像なども含め、ダイレクトに届けることができるツールが揃う世の中だからこそ、すべてにおいてクオリティの高いものを提供する努力はしたい。裏を返せば、誰でも簡単にラップ・ゲームに参戦できるようになった今、粗悪な映像や楽曲が溢れかえっているように思います。スピード感もたしかに大事やけど、皆もう少し慎重になっても良いんじゃないかな」

YUKSTA-ILL

 ラップにも、このインタビューの言葉にも溢れるトゥーマッチなほどの真面目なアティテュードは、未来を信じることを我々に伝えてくれている。

――幾つかのリリックで未来へのヴィジョンや希望が歌われていますが、数年後にこの状況が収束した後の社会を想像することはできるでしょうか?音楽や街、人間関係など、何が変わり、何が変わらないのでしょうか?
 「自分も含めて皆が皆、様々な事柄において自由が利かない現状にフラストレーションを抱えて日々の生活を送っていると思います。今作が生まれたのもそんな背景があってこそなんですが、やはり、これまでの日々を取り戻したいという気持ちは強くあります。ただ、一度変わってしまったものを完全に元に戻すのは時間がかかるだろうし、もう戻らないのかもしれない。自分の周りにいる飲食関係で働く友達や、いつも足を運ぶクラブやライヴハウスの関係者の皆のことを考えると胸が詰まります。“STAY STRONG”でいてほしいし、コロナと共存していく考えを皆が少しずつ持ち始めていると思う。賛否はあれど、現場は絶対に死んでほしくない。音楽は永久になくならないアートフォームだからこそ、今こそ本当に必要なんやと思う。娯楽から削られていくという話をよく耳にするけど、それを真に受けてばかりいたらストレスで爆発してしまう。現場に来なくなってしまう人もいるだろうし、その人を責めるつもりは全くない。むしろ家族や仕事を第一に考える事は至極当然やと思う。けど、だからといって活動を続ける人、イベント主催者、クラブやライヴハウスの関係者を悪く思ってほしくない。その人たちにも守るべきものがあるわけやから」

――コロナ収束後、自由にパーティができるようになったときに開催したい、遊びに行きたい理想のパーティを教えてください。
 「うーん。理想となるとやはり、本当に通常のパーティが普通に開催されてほしいですね。体裁を気にしていろんなガイドラインを列挙して、人数制限を掲げるとかが全くない状態のやつです。風邪をひいたり、体調を崩したときに健康体がどれだけ尊くて大切なモノだったかっていうことに気付かされるのと同じ感覚ですよね。マスクもフェイスシールドもなし。消毒液くらいはあってもいいけど。そこで皆とコロナ時代を振り返って笑い飛ばせる日が来たら最高ですね」

YUKSTA-ILL Twitter | https://twitter.com/YUKSTA_ILL

YUKSTA-ILL 'BANNED FROM FLAG EP'■ 2020年6月6日(土)発売
YUKSTA-ILL
『BANNED FROM FLAG EP』

https://lnk.to/BANNED_FROM_FLAG_EP

[収録曲]
01. SOCIAL DISTANCE
02. AS TIME GOES BY
03. SILVER BULLET feat. HIRAGEN

Produced By DJ SCRATCH NICE

YUKSTA-ILL 'BANNED FROM FLAG EP 2'■ 2020年8月26日(水)発売
YUKSTA-ILL
『BANNED FROM FLAG EP 2』

CD rcsrc-022 2,000円 + 税

[収録曲]
01. SOCIAL DISTANCE Prod by DJ SCRATCH NICE
02. AS TIME GOES BY Prod by DJ SCRATCH NICE
03. SILVER BULLET feat. HIRAGEN Prod by DJ SCRATCH NICE
04. HAZARD ALERT BALLAD Prod by GRADIS NICE
05. TORCH Prod by GRADIS NICE
06. UNDER THE RADAR Prod by DJ SCRATCH NICE