Interview | 剤電


音を歪ませなくても、血は流せる

 KLONNS、珠鬼 TAMAKI、XIAN、ゲタゲタのメンバーとして暗躍するZieが、ソロ・アーティスト“剤電”名義にてミニ・アルバム『Topaz』を台湾・台北の「TWIN PEAKS Records」からリリースした。それを記念し、彼の音楽活動をたどるインタヴューを試みた。

 2010年代初頭より国内外のネットレーベルから膨大な数の作品を発表するかたわら、上記した以外にも数多くのバンドやプロジェクトに関与しながらジャンル / シーンを横断し、かつ映画のサウンドトラックをはじめニューエイジ、プログレッシヴ・ロック、ニューウェイヴ / ポストパンクなど多様な音楽的バックグラウンドを持つZie / 剤電とは何者なのか。その一端が垣間見られるはずだ。


取材・文 | 須藤 輝 | 2026年8月

――今日は剤電の新作『Topaz』の話を聞きに来たんですが、その前に、Zieさんの音楽家としてのバイオグラフィに触れてもいいですか?
 「もちろんです」

――2010年頃から、ベッドルームで作った曲をインターネットに上げていたんですよね?
 「いや、厳密にはちょっと違って。僕は芸術系の大学に通っていて、自分の周りに舞台とか自主制作映画をやっている友達がいたんですよ。そういう友達から“音楽好きなんでしょ?じゃあ、曲作ってくれない?”と頼まれたのが、作曲を始めたきっかけですね」

――『LAPIS』はそのひとつ?インフォに2010~2012年にかけて、友人の舞台に提供していた音響作品を集めましたとありますけど。
 「ひとつではあるけど、それを作ったのはもうちょいあとで。僕には大学でめっちゃ仲良くさせてもらった先生がいて、よく授業が終わったあとに喋ったりしていたんですよ。その先生は音楽家でもあって、若い頃は東京ロッカーズ周辺のシーンで活動されていたかたなんですけど……あるとき僕に“舞台とか映画の音楽はあとに残らないから、自分の曲を作ったほうが楽しいよ”と言ってくれて。機材のこともいろいろ教えてくれたんで、サンプラーを買って、舞台とかの音楽と並行して自分の曲も作り始めました」

――サンプラーを買う以前は、DAWで?
 「はい。GarageBandで作っていたんですけど、その頃の音源は聴くに耐えないです。マジで」

――どこかに残っていないのかな?
 「残っていないですね。たしかDVDになった特撮映画があるんで、それを見つけられれば……まあ、サンプラーを買ってから作り始めた曲も決して褒められたものではないんですけど、その中でギリギリ聴けるやつをセレクトしたのが『Sampling works 2010~2012』で。『LAPIS』の曲も同時期に作っています」


――『LAPIS』は、スタイルでいえばダーク・アンビエントですね。
 「『LAPIS』はちょっと耽美っぽい、女性だけどマイメンみたいな友達がやっていた舞台のために作って。サンプラーに加えて、たまに自分でベースを弾いたりしているんですけど、評判悪かったですね」

――そうなの?僕はコロナ禍にZieさんが手売りしていたCD-Rを買って「10年前にこんなの作ってたんだ?」と驚きました。
 「KLONNSのSHVさん(SOM4LI, 珠鬼 TAMAKI | NEW REALM FEST)とか、今現在付き合いのある友達はそういうふうに言ってくれるんです。でも、これを作った当時は自分の周りでアンビエントとかを好きな人が皆無で、ありえないくらい理解されなくて。実は『零花 -Absolute Flower-』(2022, DISCIPLINE PRODUCTION)に入っている“BAROQUE”という曲も同じ時期に、今から15年くらい前に舞台用に作ったんですけど、“何これ?気持ち悪い”と言われてボツになったんです。それを『零花』を作るにあたって復活させたら、SHVさんとかUltrafogさん(Kouhei Fukuzumi)がすごい褒めてくれて、僕が“でもこれ、10年以上前に作ったやつですよ”と言ったら“なんで当時出さなかったの!?”みたいな。もし『LAPIS』とか『Sampling works』を作っていた20代初めの頃に、自分の周りにそういう人たちがいたら、また違った人生だったかもしれない」

――20代初めの頃は、どういう音楽を聴いていたんですか?
 「主にヨーロッパのプログレ……神保町のジャニスというレンタルCD屋の“辺境系”コーナーに置いてあるようなやつ。あとはHENRY COWのChris Cutlerが立ち上げたRecommended Records周辺とか。それ以外だと、今でも好きなんですけどフランスのMylène Farmer、ドイツのMeret Beckerといった女性シンガー・ソングライターですかね。ちなみにMeret BeckerはEINSTÜRZENDE NEUBAUTENのAlexander Hackeのパートナーだった人で。国内だったら谷山浩子とか、そういうのを聴いていたと思います」

――現代音楽は?
 「ものによります。メシアンの『トゥーランガリラ交響曲』とかは好きで聴いていました。シェーンベルクとか無調っぽいのは苦手」

――ではずっとさかのぼって、初めて「この音楽、好きだな」と思った瞬間って、覚えています?
 「ロベール・アンリコ監督の『冒険者たち』(1967)という映画があって。音楽を今でもめっちゃ好きなFrançois de Roubaixが手がけているんですけど、この映画のテーマ曲を幼稚園のときに聴いて、幼心に“これ、いいな”と思った記憶がありますね。あと、父がクロード・ルルーシュ監督の『男と女』(1966)のサウンドトラックを家でめっちゃかけていて、“すごい。なんなんだこれは?”みたいな。『男と女』の音楽はFrancis Laiですね」

――音楽の原体験がサントラだったんですね。
 「そうですね。母方の祖父が映画好きだったんで」

――Ennio Morriconeとかも?
 「知らず知らずのうちに聴いていました。僕は『アンタッチャブル』(1987, ブライアン・デ・パルマ監督)がめっちゃ好きで、のちに音楽をEnnio Morriconeが作っていたのを知るみたいな。ああいう、ヨーロッパ的な感覚に惹かれるのかもしれないです。映画音楽以外だと、僕が小学生のときにヒーリング・ミュージックがブームで、『~the most relaxing~ feel』(2000, 東芝EMI)というコンピを親が買ってきて」

――ENIGMAとかが入っていたやつ?
 「そうそう。ENIGMAも今でも好きなんですけど、ほかにもADIEMUSとか、MADREDEUSという、ポルトガルの民族音楽とポップスやクラシックを混ぜたグループとかが入っていて。そういうのを小さい頃に聴いていたから、音楽の入口は全然ロックとかパンクじゃないんですよ」

――パンクに興味を持ったのは中学生の頃だったと、以前言っていましたよね。
 「そうなんです。中学生のとき、親が見ていた『ベストヒットUSA』というテレビ番組で70sパンクの映像が流れていて、そこで初めてSEX PISTOLSを知って衝撃を受けました。“人の悪口を歌っていいんだ!”みたいな。そこからTHE STRANGLERSとか、マイナーなのだとTHE ADVERTSとかSUBWAY SECTとかを聴いて、もっと尖った音が欲しくなってKILLING JOKEに流れ着く感じでした。あと当時、2003年から2005年くらいにかけて、ポストパンク・リヴァイヴァルみたいなのがあったんですよね。FRANZ FERDINANDが出てきたり、THE CUREが新譜(『The Cure』2004, Geffen Records | This Is An I Am Recording!)をリリースしたり。Morrisseyもソロ・アルバム(『You Are the Quarry』2004, Attack Records)を出していたんで、そこからTHE SMITHを知ったり、ちょっとあとにTHE HORRORSとかがデビューして“こんな人たちがいるんだ?”みたいな」

――ゴスとかデスロックもその流れで?
 「流れというとちょっと違うけど、ほぼ同時期ですね。中学生のときにBAUHAUSの1stアルバム(『In the Flat Field』1980, 4AD)とECHO & THE BUNNYMENの1stアルバム(『Crocodiles』1980, Korova)をBOOKOFFで買って、BAUHAUSがヤバすぎてエコバニがまったく印象に残らないみたいな。その頃は昔のパンクとかニューウェイヴの作品が紙ジャケで再発されたりしていて、GANG OF FOURの1st(『Entertainment!』1979, EMI)とか名盤と呼ばれるアルバムも何枚か聴いたんです。でも、中古で買ったBAUHAUSがダントツでヤバくて。昔、『ストレンジ・デイズ』(音楽出版社 | ストレンジ・デイズ)という雑誌があったじゃないですか。初めて買った『ストレンジ・デイズ』で、たまたま4ADとBeggars Banquetが特集されていたんですよ」

――じゃあ、そのタイミングでCOCTEAU TWINSとかも?
 「そうですね。そういうBAUHAUSとかCOCTEAU TWINSみたいなバンドって、僕が小さい頃に観た『ロストボーイ』(1987, ジョエル・シューマッカー監督)とか、初期の“バットマン”シリーズ……あの、バットマン役がクリスチャン・ベールになる前の」

――ティム・バートンとかが監督をやっていた頃だ。
 「そうそう。ティム・バートンが監督したのは『バットマン』(1989)と『バットマン リターンズ』(1992)ですよね。そういう映画の世界、漆黒な感じで、ファンタジーまで行かないくらいの……僕、ファンタジーは嫌いなんですよ。『ロード・オブ・ザ・リング』3部作(2001-2003, ピーター・ジャクソン監督)を除いて」

――僕は『ロード・オブ・ザ・リング』はひとつも観ていなくて……。
 「マジですか?あれはジャパコアですよ。危険な映画なので。話を戻すと、今言った『ロストボーイ』とか初期“バットマン”とか、ちょっと毛色は違うけど『ブレイド』(1998, スティーヴン・ノリントン監督)とか『マトリックス』(1999, ラナ + リリー・ウォシャウスキー監督)みたいな漆黒の世界を、バンドで表現している人たちがいるんだと感動して、BAUHAUSとかにのめり込んでいった感じですね」

剤電

――『クロウ / 飛翔伝説』(1994, アレックス・プロヤス監督)は?
 「めっちゃ好き。ただ、『クロウ』を観たのは大学生のときで。ずっと観たくて、ようやくレンタルビデオ屋で借りて、感銘を受けましたね。サントラも最高」

――THE CUREをはじめNINE INCH NAILS、RAGE AGAINST THE MACHINE、ROLLINS BAND、THE JESUS AND MARY CHAINなどなど、ヤバいメンツでした。
 「そうそう。90年代の暗くて激しくて艶っぽいロック総進撃みたいな。『クロウ』が好きな人とはわかり合えそうな気がします」

――『クロウ』と前後して、『シングルス』(1992, キャメロン・クロウ監督)というグランジ映画もやっていて。
 「それ観たいんですよ。PEARL JAMのメンバーが出たりしていたやつですよね。そういえば、グランジもけっこう聴いていたかもしれない」

――ちょっと意外かも。どのバンドが好きでした?
 「ALICE IN CHAINSですね。僕の弟がグランジとかUSインディが好きだったから、僕も高校生のときにひと通り聴いてみて“おっ?”と思ったのがALICE IN CHAINSで、今でも好き。ついでに言うとギターのJerry Cantrellのソロ作品も好きです。アメリカのドロッとした、闇の部分みたいなものが感じられて。僕はTELEVISIONとかSUICIDEとか、ニューヨーク・パンクも大好きなんで……ここまでの話で気づいたと思いますけど、僕は自分の周りの同世代の人たちが聴いていた日本のロックを、ほぼ聴かずにこの歳まで来てしまいました」

――僕もです。例えばBUMP OF CHICKENとかASIAN KUNG-FU GENERATIONとかくるりとか、区別がつかなくて。
 「僕も聴いたことないし、興味を持ったこともない。でも、初期の神聖かまってちゃんだけは好きです。そういう、いわゆる邦ロックを通っていないという話をSHVさんとか岡本成央さん(KLONNS, 家主, 珠鬼 TAMAKI)にすると“純粋培養で、いいですね”って羨ましがられます」

――「日本のロック」という括りだと、80年代のゴス / ポジパンは好きですよね。
 「好きなのもあれば、好きじゃないのもあります。好きなのはG-SCHMITT……ああ、G-SCHMITTの存在はかなりでかいですね」

――Zieさんがセーラーかんな子さん(XIAN, 珠鬼 TAMAKI)と初めて話したとき、G-SCHMITTとSTILLの話題で盛り上がったと言っていましたね。
 「STILLも好きです。あとはZELDAとか、ああいう、光の部分がある闇みたいな音楽が好きですね。G-SCHMITTの“Isis (The Darkness)”(『alternative gArNeT』1988, Wechselbalg Syndicate)という、僕の大好きな曲の歌詞に“光さえ 抱く闇”という一節があるんですけど、それが理想かもしれない。光さえ抱く闇。時間帯でいうと、午前3時から5時くらいの感じ」

――僕がいつも床に就く時間帯だ。東の空が白んでくる頃。
 「そう、若干明るい。真夜中ではない。というか、僕には真夜中の音楽はできないので、自分自身はゴスではないかもしれないです。でも、今年の5月にZENOCIDEとKLONNSでヨーロッパ・ツアーに行ったとき……」

――ZENOCIDEは、ゴスですね。
 「ZENOCIDEはメンバー全員それぞれキャラが違くて本当に最高なんですけど、特にヴォーカルのYuki TAMANOさん(玉野勇希 | 6LVCK H3RXN, UNCIVILIZED GIRLS MEMORY)と一緒にヨーロッパを回ったことで、いろんな気づきを得られました。普通に景色とか建築を見ながら“玉野さーん、ゴスありますよ”、“あ、本当だー”みたいな」

――ゴスのある風景。
 「日常に潜むゴスを発見していくみたいな旅でもありましたね。しかも、それぞれ反応するポイントが微妙に違ったりして、それもおもしろかったです。玉野さんは“ヨーロッパではゴスっぽいファッションの子が普通にパンクのギグに来ていて、それがすごく嬉しい”とも言っていて。僕も同じことを、2024年5月にやったKLONNSのヨーロッパ・ツアーのときに感じたんですよ。日本だとそういうの、あまりないじゃないですか。あと、このツアーはイギリスのBAD BREEDINGを加えた3バンドで回ったんですけど、彼らと好きな音楽について話した時間も忘れ難いですね。ヴォーカルのChris(Dodd)に“一番好きな音楽は何?”と聞いたら、1分間くらい沈黙したあと“ROXY MUSIC!”と言われて、本当にヨーロッパに来てよかったなと思いました。あと……いや、ZENOCIDEとヨーロッパに行った話をするとそれだけでこのインタヴューが終わっちゃうんで、このへんでやめておきます。とにかくZENOCIDE、そしてBAD BREEDINGは最高のバンドだと言っておきます」

Zie + Yuki TAMANO
Zie + Yuki TAMANO
BAD BREEDING + KLONNS + ZENOCIDE
BAD BREEDING + KLONNS + ZENOCIDE

――では本筋に戻して、Zieさんが曲を作り始めた頃、バンドはやっていなかったんですか?
 「大学の音楽好きな子たちと組んでやっていましたけど、全然ダメでした。誰も曲を作らないから、セッション・バンドみたいになっちゃって」

――初めて手にした楽器はベースで、フレットレスだったんでしたっけ?
 「いや、フレットレスが欲しかったけど売っていなくて……最初はやむを得ずフレテッドを買いました。JAPANのMick Karnが好きだったし、あと『グラン・ブルー』(1988, リュック・ベッソン監督)のサントラを作ったÉric Serraっているじゃないですか。彼はベーシストでもあって、しかもフレットレスを弾いていたんですよ。小学生のとき『グラン・ブルー』のサントラを聴いて“このふぉわ~んみたいな音、いいな”って、生まれて初めてベースの音を意識したんです。だからフレットレスには執着があって、実際に自分のベースをフレットレスにしたのは18歳くらいの頃かな。以降、KLONNSに入るまではフレットレスを弾いていました。それで、学内でやっていたバンドがうまくいかなかったんで、ネットのメンバー募集とかを通じていろんな人と会っていて、その中のひとりがPueruくん(金 富烈 | kumagusu, IN THE SUN)だったんですよ」

――へええー。
 「メン募で知り合った子がスタジオにPueruくんを連れてきて。そのときPueruくんは鍵盤ハーモニカをアンプに繋いで吹いていましたね。そこで初めて会ってから5、6年くらい音沙汰なかったんですけど、Pueruくんは僕にとってもっとも古い友達のひとりです。ちなみに、のちにPueruくんと一緒にGranuleをやることになるHikariくんともその時期に知り合いました。でも結局、学外のバンドもかたちにはならなくて、そういう時期に友達に頼まれて舞台の音楽を作ったり、仲良しの先生に勧められてサンプラーを買ったりしたという……」

――最初の話に繋がるわけですね。
 「僕がサンプラーで曲を作り始めた頃はネットレーベルが流行っていて、作った曲を片っ端から国内外のネットレーベルに送っていたんですよ。特に2012年から2014年にかけては、年間20作品くらいリリースしていたと思います。当時の僕は狂っていて、完成していない曲も構わず出していたんで。もう、今聴くと苦痛でしかないんですけど……こんな自分の音源を出してくださった方々には、今も本当に感謝しています」

――その頃って、ゲタゲタはやっていた?
 「ゲタゲタは2013年から2015年までやっていたんで、時期はちょっと被っていますね。その頃、僕は法政大学のロック研究会と仲良くなっていて。ゲタゲタもロッ研の友達のバンドで、ギターの子が抜けちゃって、僕に“やってくれない?”と声がかかったんです。僕はギターを持っていなかったし弾いたこともなかったけど、友達が道端で拾ったギターを持っていたんで、それを譲り受けて弾いていました。弦もよくわからなかったから、ベースと同じ感覚でとりあえず一番太いやつを買って、エフェクターも持っていなかったから直接JC(Roland JC-120 ギターアンプ)に繋いで、JCのディストーションで音を歪ませて。そんな感じでやっていたんですけど、たぶんゲタゲタをやっていたおかげで、今に至るいろんな友人、知人が僕のことを見つけてくれたというか。今年の6月にKLONNSの10周年イベントに出てくれた大好きな5000も、2014年にドムスタ(Sound Studio DOM | 東京・高円寺)で対バンして仲良くなった記憶があります」

――僕の友達の編集者も、当時のゲタゲタのライヴをよく観に行っていたと言っていました。
 「某音楽ニュースサイトのタカハシさんですよね?ありがたいです。でも、当時は自分も含めてみんな若かったんで、いろんなトラブルとかケンカを繰り返して、結果として僕が追い出されたりして。ゲタゲタの曲は主にシンセのクロサカ(Closh | WETNAP)が作っていて、彼女のリフを軸にみんなで合わせていく感じなんですけど、けっこう何をやってもなんとかなっていたんで、音楽的にもおもしろい、稀有なバンドだと思います。ドラムのタケウチのプレイも独特だし、ヴォーカルのヤナイも、声っていうかノイズ・マシーンみたいな……また話が逸れちゃうけど、いつか録音したくて」

――おおー。
 「まだ録っていない曲がいっぱいあるんで。実は去年、5本くらいライヴに誘われたんですけど、諸事情で全部断らざるを得なくて。でも、解散したわけじゃないんですよ。こないだYouTubeでゲタゲタのコピーバンドを見つけて、それをLINEで共有したらみんな反応してくれたし」

――2022年から、ライヴは再開させていますもんね。
 「それにはちょっとしたきっかけがあって。その年に法政のロッ研が廃部になったんで、ドムスタで廃部イベントをやることになって、そこにゲタゲタも呼ばれたんです。それで7年ぶりくらいに集まって合わせてみたら、演奏のスピードは落ちていたものの、みんな曲を覚えていて。“じゃあ、ちょっと続けてみようか”みたいな。今言ったように最近はライヴをやれていないけど、ありがたいことに、たまに海外の人から“お前がやっているシンセ・パンクの音源はどこで聴けるんだ?”って聞かれるんですよね」

――海外でもウケそう。
 「あと、ゲタゲタの話をするとそれだけでこのインタヴューが終わっちゃうんですけど、M.A.Z.E.のErikoさん(URO)が、かつてTHE DEATHをやっていたときに偶然ゲタゲタを観ていたんですよ。2015年にDEBAUCH MOODのシュウゴさんが、PINPRICK PUNISHMENTとOFFICE VOIDSとLIPUPSとOMIT VOMITとゲタゲタでイベントをやったときに、Erikoさんも来ていて。めちゃくちゃ衝撃を受けたらしくて、今でも“ゲタゲタずっと好き”と言ってくれますね。でも、そのときもメンバー同士がライヴ中に殴り合いのケンカを始めて、僕が怒って、みんな泣くみたいな」

――ああ……。
 「だから対バンした人たちとちゃんと挨拶とかできずに終わっちゃったんですけど、後日、当時PINPRICK PUNISHMENTをやっていたイワミさん(MY SOCIETY PISSED, JIGS)からいきなり連絡が来て。僕がその頃、とあるレーベルからリリースしたカセットを褒めてくれたんですよ」

――イワミさんとそんな繋がりがあったんだ?
 「“まだカセットの在庫あったら買いたいです”と言ってくれて、そのあともPINPRICK PUNISHMENTの企画に呼んでくれたりして。イワミさんはめっちゃ音楽に詳しくて、現行のテクノとかも聴いているんですよね。MY SOCIETY PISSEDのライヴで流しているSEもたぶんイワミさんが作っているし、最後に会ったときも“ソロでテクノやろうと思ってるんだよね”と言われて“マジっすか?”みたいな」

――MY SOCIETY PISSEDの『Marble Dots』(2024, DEBAUCH MOOD)にも、インダストリアル・テクノなイントロが入っていますよね。イワミさんは、ずっとユニークというかウィアードな音楽をやっていて。
 「ずっとかっこいいし、ああいう人、ほかにいないですよね?イワミさんは、僕が人生で初めて知り合ったパンクの人でもあって。イワミさんはタトゥをいっぱい入れているじゃないですか。僕はその頃、タトゥを入れている人をほぼ見たことがなかったんで“どうしよう?ぶん殴られる”みたいな」

ゲタゲタ
ゲタゲタ

――バイオグラフィ的には2015年あたりまで来ましたけど、そのあとは?
 「2015年にゲタゲタを追い出されてから2019年くらいまでは、ELEPHANT NOIZ KASHIMASHIというバンドをメインでやっていたんですけど、その話をするとそれだけでこのインタヴューが終わっちゃうんで省きます。ここでは書けないことも多いので……でも、それも2019年末に僕がワガママを言って抜けてしまいました」

Zie | ELEPHANT NOIZ KASHIMASHI在籍時代
ELEPHANT NOIZ KASHIMASHI在籍時代

――2019年というと、もうKLONNSのメンバーになっていますよね。SHVさんとはいつ出会ったんですか?
 「初めて会ったのは2012年です。当時、今は亡きミュージック・オルグ(東京・南池袋)で友達がふたりでノイズとか即興音楽の企画をやっていて……そのうちのひとりはSHUT YOUR MOUTHのギターのナミキさんの弟さんなんですけど、その企画にSHVさんが出ていたんですよ。そこで、SHVさんとふたりでBAUHAUSとCELTIC FROSTの話をして。その頃は自分の周りにそういう話ができる人がひとりもいなかったんで、“ゴスとかブラックメタル好きな人がいる!”と意気投合したという」

――そのとき、SHVさんは何をしていたんですか?
 「インプロのグループでギターを弾いていました。ただ、そのときすでにKLONNSの前身バンドはやっていて。フライヤーをもらって、SoundCloudで音源を聴いて“こういうことをやっている人がいるんだ?”みたいな」

――前身バンドではハードコア・パンクではなく、THE BIRTHDAY PARTY的なポストパンクをやっていたそうですね。
 「そうそう。そこから少し時が流れて、2016年頃からインディ・ロックだけどポストパンク寄りのバンド、例えばMs.MachineとかTAWINGS、Ceremony(現・Strip Joint)、バンド以外だとSUBURBAN MUSÏKとかUltrafogさんとか、そういうかっこいい人たちが出てきて。あと『PROVOKE』(2016, rovoke Association)という、Burgh、Klan Aileen、DEVIATIØN、qujakuとかが入っているコンピがリリースされたりしたんです。SHVさんはそこらへんの人たちと交流があって、一方で暗黒期に入っていた僕は曲も作らず、リスナーとしてそういう人たちの音楽を聴いたりライヴに行ったりしていたんですよ。そうしたらある日、SHVさんから“KLONNSやりませんか?”と」

――それが、2018年?2019年?
 「2018年末ですね。KLONNSのベースはもともとカワイさんという、Peter Murphyみたいなかっこいい人が弾いていて、アートワークとかも彼が作っていたんですよ。ウォン・カーウァイとMazzy Starを愛する素敵な人で。ちなみに僕が今も使っているRATっていうエフェクターは彼のお下がりです。そのカワイさんが海外に転勤しちゃって。たぶん、SHVさんは一時しのぎのつもりで誘ってくれたと思うし、僕もそう考えていたから、まさかこんなに長く続くとは……という感じで、気づいたら8年近く経っていました」

KLONNS | Photo ©吉河千尋
KLONNS | Photo ©吉河千尋

――ドラムの岡本さんのほうが先に加入したんでしたっけ?
 「岡本さんのほうが若干、早いですね。2016年に、BLACK HOLEのコサカさんが呼んだCØNDITIØNとKLONNSが対バンしたとき、岡本さんがスポット参加でドラムを叩いていて。僕はそれを客として観ていたんですけど、めっちゃハマっていました。そのあと、2017年にARMS RACEが日本ツアーをやったときに岡山の津山K2で、僕がスポット参加でベースを弾いたんですよ。そのときはまだカワイさんがベーシストとして在籍していたけど、仕事で来られなくて。それで、正式に参加を打診されたのが2018年の秋くらい」

――たしかSHVさんは、Zieさんと岡本さんが大学生のときにやっていたバンドを観ていたんですよね?
 「そう。岡本さんは法政のロッ研に所属していて、烏滑稽という、筋肉少女帯とDEAD KENNEDYSを混ぜたようなバンドをやっていたんですよ。その烏滑稽で1年くらい、僕がベースを弾いていた時期があって。それをたまたまSHVさんが観ていたという。そういえば、SHVさんから“KLONNSがあのリズム・セクションだったらヤバいと思って声をかけた”と言われたことがありました。あまり実感がなかったけど、岡本さんとは本当に長い付き合いになりますね」

Zie + Okamoto | Photo ©三木鉄平
Zie + Okamoto | Photo ©三木鉄平

――ZieさんがKLONNSに入った2018年って、VAMPIRE†HUNTER™をやっていましたよね?
 「VAMPIRE†HUNTER™は2018年の4月に始めて、1年も経たずに終わりました。当時の僕は“ウケたい!”みたいな、自意識のジェイルに囚われて……なんかもう、ウケたすぎて。それでスカした音楽をやってみたつもりだったんですけど、全然ダメでしたね。ただ、ああいうちょっとダークウェイヴっぽい音作りをしてみた経験は、XIANに生きています」

VAMPIRE†HUNTER™
VAMPIRE†HUNTER™

――かんな子さんがVAMPIRE†HUNTER™大好きで、それがXIAN結成の動機のひとつになっていたんですよね。
 「だからヤバい人たちには好評だったみたいで……2019年の年始にKK mangaのハマジくんに呼ばれて大阪のpehuという場所でワンマンをやらせてもらったんですけど、あまりにもウケなすぎて、途中から怖い話大会をしました。あとはまあ、僕がやっていて楽しくなくなっちゃったんですよね。VAMPIRE†HUNTER™では自分で歌っていたんですけど、“何これ?カラオケじゃん?”みたいな」

――Bandcampに『Songs archive 2011~2019』という歌モノの自選ベストも上げていますけど、歌うこと自体は別に嫌いではなかった?
 「『Songs archive』には昔作った曲も入っているんですけど、結局、自分が何をやりたいのかわかっていなかったんですよね。インスト曲を作ろうとして、なんか間が持てない気がして、言いたいこともないのに歌詞を書いて、無理やり歌を乗っけるみたいな。そういうのを経て、初めて“自分はこういうのがやりたかったんだ”と気づいたのが、『零花』を作ったときなんですよ」

――けっこう、かかりましたね。
 「ありえないくらい遠回りして、醜態を重ね続けて、30代に入ってやっとわかった。きっかけをくれたのはSHVさんで、当時SHVさんが運営していたDISCIPLINE PRODUCTIONからリリースしてもらったんですけど、僕は『零花』を作って、ようやく人間になりました。呉松慶吾さん(Vesparium Role, impending civil extinction)がデザインしてくれたジャケットも、Hana Watanabeちゃん(tamanaramen)が撮ってくれた“BAROQUE”のMVも本当に気に入っています。今聴くと、けっこうごちゃごちゃしているんですけど」

――『零花』以降の作品と比べると、混沌としていますよね。ここまでZieさんが話してきたプログレや実験音楽、ゴスのエッセンスを煮詰めたニューエイジみたいな。
 「それはめっちゃ意識していましたね。総決算的なニューエイジ、またはサントラみたいな」

――サントラもキーワードですよね。剤電の音楽は「架空のサントラ」という形容がしっくりくるので。
 「やっぱり視覚的な音楽がめっちゃ好きで。さっきも言ったFrançois de RoubaixとかÉric Serra、あとヤン・シュヴァンクマイエル映画の音楽をやっていたZdeněk Liškaというチェコの作曲家とか、がっつりニューエイジ系だとPatrick O'Hearnとか。SHVさんから“ソロ・アルバム作りませんか?”と声をかけてもらったのは2021年なんですけど、そのとき僕は化粧をして毎週末クラブ・イベントに行ったり、V系のDJをすることにハマっていて、何かを作ることに興味を失っていたんですよ。実は2019年末くらいに大好きな某ラッパー / シンガーのバックバンドに誘っていただいて、“オレの人生これからだ!”と思った矢先、コロナでポシャって落ち込んで、“もう音楽とかいいや”と思って……だから“ソロ・アルバム”と聞いたとき、最初は過去に作った曲を集めたベスト・アルバム的な内容を想定していたんです。実際、“BAROQUE”は大学時代に舞台用に作ってボツになった曲だという話をしましたけど、“サクリファイス”という曲もほぼ同時期に、僕が21歳とか22歳のときに作った曲で」

――新しい曲と並んでいてもほとんど違和感ないです。
 「嬉しいです。その頃って、僕がサンクラとかに曲を上げまくっていた全盛期で、めっちゃ海外の人からコメントが来ていて。スイスのレーベルから“目の不自由な人のためのチャリティ・コンピを作るんだけど、曲を提供してくれませんか?”と言われて作ったのが“サクリファイス”なんです。ほかにも昔作った曲を引っ張り出そうとしていたんですけど、ちょうどそのとき、ニイマリコさん(Loupx garoux)のアルバム(『The Parallax View』2021, Amp-mutation)を作っていて……」

――ああ、プロデュースとアレンジをやっていましたね。
 「めっちゃスタジオに入っていたんですよ。それで、ひとりでこもってアレンジとかを考えていたら、けっこう行き詰まっちゃって。気分転換のつもりで、空いた時間にスタジオにあった機材で曲を作っていたんです。結果、『零花』に収録された6曲のうち、“サクリファイス”と“BAROQUE”以外の4曲はそのスタジオで作った曲になったという」

――だから音作りとかも以降の作品とも、以前の作品とも違うんだ。
 「そう。それまでみたいに家で作っていないんですよ。今言ったようにスタジオにあったシンセを使ったり、スタジオのドラムを自分で叩いたりして。録音もスタジオでしたんで、音の感じとかはけっこう違います。自分のメンタリティも以前とは違っていて、この際だから“これが私です”と言えるような作品を作ろうという、アーティスティックなスイッチが入っていたんですよね。ちょうど『零花』を作り始める前、ある女の子から“お前には何もないし、お前は何もできない”と言われたんで、“そうなんだ!じゃあ、何かやろうかな”みたいな」

――『零花』収録曲のうち、「しあわせにできない」は一番気に入っている曲だと、たびたび言っていますよね。
 「気に入っているし、以降の作品を作るにあたってひとつの指針になった曲でもあります。ただ曲の作りかたとしては、“しあわせにできない”も含めて『零花』の曲はまだ足し算で作っていた感じで」

――以降の作品と比べると、そうかも。
 「もともと僕は、足し算でしか曲を作れない人間だったんですよ。舞台とかの曲を作っていた頃は“もっと音数を増やしてください”と言われることが多かったので、その名残りがありますね。1曲目の“CRUEL SHE”とか、めちゃめちゃ音を重ねていたり」

――“CRUEL SHE”は組曲みたいになっていて、こういう長い曲は珍しいですね。
 「僕は長い曲がずっと作れなくて、ひとつの試みとしてやってみた感じです。収録する曲に関しても、SHVさんと慶吾さんが“この曲よりこっちのほうがいいんじゃない?”とか、いろいろアドヴァイスをくれて」

――やはりボツになった曲もあるんですね。
 「けっこうあります。最初は歌入りの曲とかも用意していたんですけど、ニューエイジとかサントラっぽい感じにしたいというのもあって外したり。あと“蓮”という曲は、僕はあまり気に入っていなくて、自分でボツにしていたんです。そうしたらSHVさんと慶吾さんが“剤電流バレアリックじゃん!”と言ってくれて」

――プロデューサー的な人がいたんだ。
 「本当にありがたかったですね。『零花』の録音とミックスは自分でやって、マスタリングをツバメスタジオ(東京・浅草橋 | 2022年11月に小伝馬町へ移転)の君島 結さんにお願いしたんですけど、君島さんも僕の要望を汲みつついろんな提案をしてくれて。だから『零花』は思い出深い作品だし、これを作ったことでいろんなことを考えられるようになりました。ただし、ライヴをやることだけは考えていなくて」

Zie @ツバメスタジオ
Zie @ツバメスタジオ

――当時、そう言っていましたよね。それを聞いて「ええー、やってくださいよ」と言った覚えがあります。
 「僕もそう言ってもらったのを覚えています。でも『零花』の曲はライヴでやりようがないし、こういうソロの音源はもう作れないと思ったから、これをラスト作にするつもりだったんですよ。あとは余生みたいな。もちろんバンドはやるけど、これからはヘラヘラ遊んで、慎ましく生きていこうと」

――でもそのあと、UNSANITARY NAPKIN / DISPLEASUREのRu(Rupert Hunter)のレーベルから『Ophelia』(2024, chainpunkbaddie)をリリースしました。なんで?
 「『Ophelia』の曲は全部、遊びで作った曲なんです。暇なときに、おもちゃのキーボードで。だから作品にしようと思っていなくて」

――そうなんだ?これはあとで言おうと思っていたんですけど……あとで言いますね。
 「はい。僕が多大な影響を受けた人物のひとりに、友達のお母さんがいて。プロの作曲家なんですけど、僕がその友達の家に遊びに行ったとき、お母さんが遊びで作った曲を聴かせてくれたんです。それがめちゃめちゃ良くて、僕が“これ、世に出さないんですか?”って聞いたら“これは自分が聴くために作ったやつだから、出す必要なくない?”って……すごくないですか?」

――なんというか、純粋?
 「めっちゃ純粋ですよね。それで僕も、誰かに聴かせる予定もなく、個人の営みとして曲を作っていたんです。でも曲が溜まってきたら、せっかくだしかたちにできたらいいなと思うようになって。Instagramのストーリーで“こういう曲を作っているんだけど、興味のある人がいたらリリースしてほしい……なんちゃって!”みたいなことを書いたら、Ruが“少部数でもよければ、ぜひ私のレーベルからカセットを出したい!”と反応してくれたんです」

――『Ophelia』は、Ruがやっているドリームポップ・デュオ、VARDAと共鳴する部分があるかも。
 「それもあって出してくれたんですよね。2023年にUNSANITARY NAPKINが日本ツアーをやったとき、僕はKLONNSで対バンしていて。UNSANITARY NAPKINのライヴがめっちゃ良かったからRuに話しかけて、“どういう音楽からインスピレーションを得ているの?”って聞いたんです。そうしたら“Rowland S. Howardだよ”って」

――THE BIRTHDAY PARTYのギタリストだ。
 「僕もRowland S. Howardが大好きで、めちゃめちゃ感動して、Ruと仲良くなって、以降も連絡を取り合っていたんですよ。それでカセットを出してもらうにあたって、溜まっていた曲の中から6曲選んで送ったら、あとは全部Ruがやってくれました。ジャケットに使われている絵はオディロン・ルドンの“Ophelia”という作品なんですけど、これもRuが選んでくれて。デザインからカセットの追加生産まで至れり尽くせりで、Ruには本当に感謝しています」

――混沌とした『零花』から音数が減って、『Ophelia』はよりミニマルで箱庭的な感じになりましたよね。
 「『零花』のときに作った“しあわせにできない”がすごく気に入っていたから、この路線を極めようかなと思って。僕は、例えばK. Leimerみたいな、音数の少ないニューエイジ / アンビエントもめっちゃ好きで。Beverly Glenn-Copelandの『…Keyboard Fantasies…』(1986, Atlast Records)という、YAMAHAのDX7で音を重ねたりしているアルバムとか。あとは、THE GHOSTWRITERSとかSOLID SPACEみたいな……」

――それは知らないや……。
 「どっちもカルトなデュオで、おもちゃっぽい、ふわふわポコポコした音楽をやっています。SOLID SPACEはニューエイジというよりはポストパンクっぽい、YOUNG MARBLE GIANTSとかに近い感じかな。ポストパンク寄りだったら、PYROLATORの『Pyrolator's Wunderland』(1984, Ata Tak)という、チープなシンセで作った動物園みたいなアルバムも大好きですね。もしかしたらそういう、インストのポストパンクみたいな音楽からの影響のほうが大きいかもしれない。それから、例を挙げだすとキリがないけど、レコメンからリリースしていたZNRという、エリック・サティの現代版みたいな実験音楽のユニットがいて……僕、サティもすごい好きなんですよ。ありきたりですけど」

――サティは最強ですよ。
 「最強音楽ですよね。エリック・サティとか、ドビュッシーとか……」

――ドビュッシーからの武満 徹は?あ、『零花』に入っていた「サクリファイス」って……。
 「武満 徹の曲のタイトルが由来です。今日ここに来る前、ちょうど図書館で武満 徹の本を読んでいて。僕は武満 徹の作品の中ではテープ音楽が特に好きで、そのへんはめっちゃ聴いていたんですけど、これからはほかの作品も聴いてみようと思っていたところでした」

――『Ophelia』は音作りも、『零花』にあったインダストリアルみがなくなって、オーガニックになったというか。
 「それはありますね。僕はインダストリアルとかノイズも大好きだし、影響を受けまくっているんですけど、自分では作れないという意識があって」

――そうなの?
 「そうなんです。黒電話666さんとかGRIMの小長谷 淳さんにめっちゃ憧れるけど、自分は客側にいようかなって。それにはひとつきっかけがあって、2020年の2月に、Contact(東京・渋谷)にPrurientを観に行ったんですよ。Golpe Mortalさん(現・Eplog | ROIRO)とFECROMASSさん(Skin Job | PHALANX, ABBADON)とTaka Arakawaさん(ABBADON)がやっていたNAN+NAのイベントで、MAKOちゃん(1797071, SOM4LI)と一緒に行ったんですけど、そこで観たPrurientと、対バンのP.I.G.S.があまりにもヤバすぎて。PrurientもP.I.G.S.も、タイプは違うけどインダストリアル / ノイズ表現の極北だと思って“これは、自分がやる必要はないな”と、身を引くみたいな。もちろん今後、誰かと組んでノイズっぽいことをやるかもしれないけど……」

――玉野さんのUNCIVILIZED GIRLS MEMORYとコラボレートした『Obscure.』(2026)みたいな?
 「そう。でも、自分ひとりではやらないですね。いや、ノイズは本当に好きなんですよ。昔からKazuma Kubotaさんとかめっちゃ聴いていたし、なによりENDONが僕のヒーローだったんで。ノイズは自分にとって大事なものだけど、だからこそ大事にしまっておいて、そうじゃないほうに振り切ることにしました。音を歪ませなくても、血は流せるから」

――最高。
 「血は流せるし、たぶん涙も流せる。極論すると、僕はTELEVISIONの“Marquee Moon”(『Marquee Moon』1977, Elektra)とか“The Dream's Dream”(『Adventure』1978, Elektra)をひとりでやりたいんですよ。ギターとかを使わずに」

――ヤバすぎる。
 「だから、特にライヴを観てくれた人から“細野晴臣みたいな、リゾートっぽい感じがする”とか言ってもらえるんですけど、そういう癒しの音楽をやっているつもりはなくて。もちろん受け取りかたは自由だし、どんな感想でも嬉しいんですよ。そのうえで、僕としては闇の中で血を流しているような、心が大量出血するような気持ちでこの音楽をやっていて。僕みたいな人間が言うのもおこがましいけど、ハードコア・パンクです」

――Zieさんの「核心」という意味でも。
 「そうそう。一番やりたいことなんで。だから『Ophelia』もすごく気に入っているし、この路線が今回の『Topaz』でも継承されているんですけど……」

――ようやく本題ですね。
 「『Ophelia』を作ったときも満足しちゃって、もういいかと思っていたんです。そうしたら、2025年の年始に玉野さんから“僕のパーティでライヴしてくれませんか?”と言われて。ソロのライヴは考えていなかったから断ろうと思ったんですけど、そのときの僕は何か新しいことをしたくなっていて、最初はスケボーを始める気だったんですよ」

――マジですか?
 「前にも一度、スケボーをやろうとしたことがあって。2022年に浅草橋の居酒屋でSOLVENT COBALTのサヤカさん(C.V.)に“スケボー始めようと思うんですよね”と言ったら、“サトシ(大塚智史 | SOLVENT COBALT)のデッキがあるから、あげようか?”と言われたのを今でも覚えているんですけど、そのときは結局やらなかったんです。でも、やっぱりTHE SPITとか、かっこいいじゃないですか」

――かっこいい。
 「なにより、僕が多大な影響を受けた人物のひとりに、†13th Moon†のギターのさっくん(Takeyasu Sakuma)という人がいて。さっくんがスケーターなんですよ。そのうえマジでゴスだし、かっこよさの塊みたいな人間で、僕が†13th Moon†でベースを弾いていたとき、常に心の中で“かっこよすぎるだろ!”と叫んでいました。しかも、めっちゃ優しい」

――そうだ、†13th Moon†でベースを弾いていたというのも……。
 「めっちゃでかいですね。僕は昔から、自分の演奏に対して特に何も思っていなくて。KLONNSでも珠鬼でも、そのバンドに合わせて弾いている感じで、それは今も変わらないんです。だから自分のベースの特徴とかもわかっていなかったんですけど、†13th Moon†で弾かせてもらっときに初めて、ナオヒロさん(nAo12xu)とかさっくんに“Zieくんのベース、すげえタイトだね”とか、いろいろ言ってもらえて“ああ、そうなんだ”みたいな。あと、僕には諸事情でベースを弾くのをやめようかと考えていた時期があって、そのときもさっくんが“絶対やめないでね”と言ってくれたりして」

Zie @†13th Moon† | Photo ©坂本 陽
Zie @†13th Moon† | Photo ©坂本 陽

――かっこよすぎますね。
 「そんなかっこいいさっくんがスケーターだから、自分もスケボーをやろうと思ったんですけど、やっぱり怪我するリスクがあるじゃないですか。怪我してライヴができなくなったらみんなに悪いから、スケボーは断念したんですよ。それで、代わりに何をやろうか思案していたタイミングで玉野さんの企画に誘われたから、“じゃあ、ライヴやってみようかな”って。あのとき玉野さんが声をかけてくれなかったら今もライヴをやっていなかったかもしれないんで、大恩人ですね」

――SHVさんだったりRuだったり、要所できっかけをくれる人が現れて。
 「本当にそうで、感謝しかない。玉野さんに誘ってもらってからライヴ当日まで半年くらい時間があったんで、その間に、自分の歌の方法論とかも含めていろいろ試したんですよ。最初はダークウェイヴっぽいことをやろうと思って、スタジオに入って歌ったりしてみたんですけど、全然ダメで。じゃあ『Ophelia』に近いことをやってみようと、新しいキーボードを買って、岡本さんからミキサーをもらって仕切り直した感じで」

――歌も試したんだ?
 「試したけど、やっぱり歌うよりも手を動かし続けて、演奏に集中しているほうが楽しいし、スリリングだなって。僕はキーボーディストじゃないんで、ミスるんですよね。そのミス込みでおもしろくて、さらにいろいろ試した結果、今みたいなライヴ・スタイルになりました。そういうことをしていたのと並行して、2025年の2月にKLONNSで台湾に行ったんです。それがあまりにも楽しすぎて、台湾から帰ってきて1ヶ月の間だけ、すべてに感謝していたんですよ。もう、“ありがとう世界!”みたいな状態になって、そのときに『Topaz』のほとんどの曲を作りました」

Zie @台湾(右隣が陳逸)
Zie @台湾(右隣が陳逸)

――じゃあ、1年以上前に曲はできていたんですね。
 「2025年の4月にはほぼ完成していましたね。自宅にキーボードを円形に並べて、真ん中にパソコンを置いて、いつでも作れるようにしておいたんで。今言ったようにすべてに感謝していたから、これまでの自分の作品の中では一番ポジティヴというか……」

――明るいですよね。相対的に。
 「そう、相対的に。『Topaz』を作っていたとき、YMOとKRAFTWERKを聴きまくっていたんですよ。めっちゃいまさらなんですけど、改めてああいう音数が少ない、研ぎ澄まされた、スクエアな感じにハマって。だから『Topaz』は音作りもけっこうカチッとさせたつもりです。あと、僕もそれなりにハードコアのバンドと対バンしてきて、シンプルだけどタフみたいなスタイルに感化されたというか。さっきも名前を出したTHE SPITとか大阪のTIVE、岡山のilska、あとはNEGATIVE SUN……はちょっと複雑かもしれないけど、強いじゃないですか。DMKさん(NEGATIVE SUN)のドラムもヤンさん(Diamond Joz, ilska | Darkside OYC)のドラムも、ビシバシくるじゃないすか。そういうのにインスパイアされて、『Topaz』の曲はドラムマシンの音を大きめにしています」

――『Topaz』のリリース元である台湾・台北のTWIN PEAKS Recordsは、TOXIC BALD / OOZEEのChenくん(陳逸)のレーベルですよね。彼からリリースを打診されたんですか?
 「いや、僕からお願いしました。『Topaz』を作ったはいいものの、出すところがなくて。自分のBandcampで出すことも考えたけど、僕は自分以外の人の手が入るのが好きなんですよ。『零花』も『Ophelia』もそうだったように。もともと『Topaz』は台湾に触発されて作ったし、今年の3月にもひとりで台湾に行ったんです。それもあってChenに頼んだら、“いいよ!”って快諾してくれて、ジャケもめちゃくちゃいい感じに描いてくれました。彼はもともと単色で描くスタイルだったんだけど、最近カラフルな方向性にも挑戦しているっぽくて」

剤電 'Topaz'
Artwork ©陳逸

――僕、台湾でZieさんの花粉症が悪化して、ライヴ中に涙を流していたという話が大好きなんですよ。
 「ライヴ後にめちゃくちゃイジられましたね。“お前、泣いてただろ?”って。台湾では2回ライヴをやって、2回目で泣いたんですよ。1回目はWallというライヴハウスで、音響的に、不必要に音圧が出ちゃう感じで。僕が慣れていなかったというのもあって、やりにくかったんですよね。しかもライヴ中にマイクがオフになっていて、ピアニカの音が聞こえなかったり、かなり危うかったです」

――そのライヴのあとに、サプライズで誕生日をお祝いしてもらったんでしたっけ?
 「そう、完全に不意打ちで。でも、本当にありがたかったですね。2回目のライヴはOpen Contemporary Art Centerというギャラリーでやったんですけど、そこはアンプがボロボロのMarshallしかなくて。“まあ、いいか”と思っていたら、僕の台湾滞在中にずっと同行してくれたLICAちゃん(Alica Han)という友達が“それ、ラインで出してみな”と、いろいろ調整してくれたんです。それまで僕はJCでしかキーボードの音を出したことがなかったけど、このとき人生で初めてラインで出力してみたら、めちゃめちゃ良くて。ライヴ本番でも最初は気持ちよく演奏していたんです。でも途中から花粉症で涙が止まらなくなって、僕はドライアイもあるんで、鍵盤も見えないくらいヤバくなってパニックに陥るという。だから台湾公演は2回とも万全ではなかったけど、それはそれでいい思い出になりました」

剤電ソロ・ライヴ2026 @台湾 | Willy Chen
剤電ソロ・ライヴ2026 @台湾 | Willy Chen
Zie | ソロ台湾ツアーでお世話になったみなさんと
ソロ台湾ツアーでお世話になったみなさんと

――Zieさんがインスタに上げていた動画で知ったんですけど、LICAさんがやっているSUNDIALLLというトライバルなエレクトロ・ユニット、ヤバいですね。
 「ヤバいですよね。Rama Saputraくんというインドネシア出身の子とふたりでやっているユニットで、これは告知なんですけど、10月にツアーで日本に来ます。そのうち1公演を僕が企画していて、10月23日にSUNDIALLLと1797071と僕で、ツバメスタジオでやらせてもらう予定です(後日、同企画は『Topaz』のリリース・パーティとして開催されることに決定)」

――台湾との繋がりがどんどん太くなっていきますね。
 「きっかけを作ってくれたのはKoheiくん(UMBRO, LACUNA SONORA, KR-RIFLE | West Ward Audio Visual)なんで、まずは彼に大感謝ですね。たしか2022年にKoheiくん経由でライヴに誘われて、2023年にKLONNSと鏡 KAGAMI(2020-2026年9月まで在籍)でツアーしに行って。当時の僕は今以上に英語が喋れなかったんですけど、日本語が堪能なLuhung(Your Futagono Tamashi)という子がツアー中ずっとアテンドしてくれて本当に助かりました。今年ひとりで台湾に行ったときも世話になったし、彼女自身もめっちゃ日本にライヴしに来ているんで、どうかチェックしてください。僕が尊敬するROTTENLAVA ⅡがLuhung経由で台湾に行っていたのも嬉しかったです。国境を超えて、かっこいい人たち同士が繋がったみたいな」

Luhung + Zie
Luhung + Zie

――2023年のKLONNSと鏡の台湾ツアーのすぐあと、台北からTOXIC BALDとL-SCHEMAが日本に来て。僕はSPREAD(東京・下北沢)に観に行ったんですけど、対バンがKLONNSと鏡とSOILED HATEで、最高でした。
 「あの日も楽しかったですね。SHVさんがライヴ中に担ぎ上げられて、騎馬戦みたいになって。他方でKoheiくんは感極まりすぎて泣くみたいな。SOILED HATEも本当に最高のバンドで……話は飛ぶけど、彼らとKLONNSでスプリット(『DIFFERENT SENSES split』DISCIPLINE PRODUCTION)を出せたのは2021年最良の思い出だったかも。ドラムのシライさん(SOLPÄÄTOS)は一時期KLONNSでも叩いていたし、ヴォーカルのアライさん(O.Tatakau | Catastrophe Ballet, 童子)が今、珠鬼でギターを弾いているというのも感慨深いです……すいません、SPREADの話でしたよね」

――たしか、お客さんの半分くらいが台北から遊びに来た人たちで、下北沢に台北シーンが発生したみたいな。
 「そうでしたね。台湾で仲良くなった友達とも再会できて……台湾関係の思い出話をするとそれだけでこのインタヴューが終わっちゃうんですけど、そんな台湾に捧げたのが『Topaz』です」

KLONNS + 鏡 KAGAMI 台湾ツアー2023
KLONNS + 鏡 KAGAMI 台湾ツアー2023

――さっき『Topaz』は「明るい」と言いましたけど、1曲目の「Underwater Moonlight」からして、歌を乗せたらいいポップスになりそう。
 「それを心がけて作りました。タイトルに“Underwater”とありますけど、僕は水が好きなんですよ。だから、夏とか太陽は大嫌いだけど、海は好きっていう。そういう水の中でも、特に温水プールの水とか熱帯魚の水槽の水みたいな、やる気ない水がめっちゃ好きで。そこから“真夜中のプールと空想の熱帯魚に捧げるサウンドトラック”というコンセプトが生まれたんです。イメージ的には、Windows 95の、アクアリウムみたいなスクリーンセーバーとか。すげえ粗いポリゴンの魚が泳いでいるんですけど、それも全然やる気なくて。それか、ラッセンの絵とか。あれもやる気ないじゃないですか」

――やる気がないというか、何もない。あんなに空虚な絵はないですね。
 「ないですよね。僕は画家だとムンクとかギュスターヴ・モローとか、人の内面世界を描くようなタイプが好きなんですけど、ラッセンの何もなさはちょっとヤバすぎて、大好きです。それから水って、ちょっとノワール的というか……『ブレードランナー』(1982, リドリー・スコット監督)も劇中でめっちゃ雨が降っているじゃないですか」

――『クロウ』でもけっこう降っていますね。
 「あと『イット・フォローズ』(2014, デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督)というホラー映画の終盤に室内プールで戦うシーンがあって、そこがめっちゃ好きなんですよ。そういえば『ザ・リング2』(1999, 中田秀夫監督)のラストも室内プールでしたよね。だから暗い温水プールに執着があるのかな?なんかやる気ない、虚無な感じ。水だけがあるみたいな」

――塩素消毒されていますし。
 「そうそう。海とか川の水には命があるけど、プールは人工的で、無機的みたいな。僕自身は塩素の臭い、苦手なんですけど」

――今ちょろっと雨に言及しましたけど、4曲目の、インタールード的な「青 (em...)」にも雨の音が入っていますね。
 「僕は雨とか波の音をつい使っちゃう傾向があって。僕の父がサーファーなんですけど……」

――マジですか?
 「マジです。だからサーフィンをやらされていた時期もあって、そのときは苦痛だったけど、今思えばそれも水に対するオブセッションと無関係ではないのかも。“青 (em...)”は、たぶん最後に作った曲ですね。おっしゃる通りインタールードのつもりで、無気力な、箸休め的な曲があってもいいかなと。あと、DIR EN GREYです」

――?
 「DIR EN GREYに“RED...[em]”(『VULGAR』2003, Firewall Div.)という、KLONNSのメンバー全員が大好きな曲があって。だからタイトルだけDIR EN GREYです」

――2曲目の「Frozen doll / もう会えない」はライヴでやっていましたし、先行してサンクラにも上げられていたので馴染みがあるんですが、この曲は比較的寂しげですね。
 「この曲はアルバムの中で最初にできた曲です。ここまでさんざん水とかプールの話をしちゃいましたけど、『Topaz』を作り始めたときは別のコンセプトがあって。僕は稲垣足穂という小説家がめっちゃ好きで、彼の作品には、無機質な耽美性というか、鉱物的なエロティシズムみたいなものがあるんですよね。例えば球体関節の人形とか」

――ゴスっぽくもある。
 「そうですよね。そういうのがインプットとしてあったんで、稲垣足穂的な世界をコンセプトにしていたけど、ちょっとムズすぎて。それで“真夜中のプールと空想の熱帯魚”という、南国的な方向に舵を切りました。だから“Frozen doll”は、稲垣足穂を目指していたときの名残りです。物悲しい、機械仕掛けの人形みたいな。僕は機械人形にも惹かれるんですよね。あとはドライフラワーとか、なんかそういう……」

――有機的な無機物、あるいは無機的な有機物みたいな。
 「それですね。そういう感じが昔から好きです。音楽でも、絵画でも」

――続く「Rossi」にはそこはかとなく東アジアっぽいムードを感じたんですが、それは台湾に由来しているから?
 「いや、“Rossi”のモチーフは、インドネシアのジャカルタにあるRossi Musikというヴェニューです。2024年にKLONNSで東南アジア・ツアーに行ったときにそこでやったんですけど、今までやった中で一番暑かったです、気温が。なんか、謎すぎる建物なんですよ。1階がライヴ・スペースで、2階が廃墟で、3階が楽屋とか休憩スペースっぽい感じで。3階では給食のおばちゃんみたいな人が“これ食べなー”とか言って僕らのお世話をしてくれて……あの人がボスなのかな?とにかくヤバい空間で、インドネシアはバイク社会だから、そこにジャカルタ中からバイクに乗ったパンクスが集まってきて、暴走族の集会みたいでした」

――楽しそう。
 「しかも、Rossi Musikはお化けも出るっぽいんですよ。前日にシンガポールで対バンしたDOLDREYのFarhan(Muhd | CRYPTID SPAWN, URAL)とパートナーのMiraちゃんがジャカルタにも来てくれたんですけど、Miraちゃんはめっちゃ霊感があって。ずっと耳元で“Zie、感じるか?”って囁くんです。“ここは1階と2階と3階にそれぞれ別のスピリットがいて、戦っているんだよ”って。そんなヴェニューの曲です。あと、言うまでもなくDOLDREYも本当に最高のバンドで、僕はDOLDREYのライヴを観て、人生で初めてモッシュしました」

Rossi Musik
Rossi Musik
Mira + Zie @東京・代官山 2024
Mira + Zie @東京・代官山 2024
DOLDREY + KLONNS
DOLDREY + KLONNS

――そっかー。僕は『Topaz』を聴いて、というか『Ophelia』を聴いたときもそうだったんですが、MOONDOGとDon Cherryが頭に浮かんだんですよ。
 「その感想、めちゃくちゃ新しいですね。でも、MOONDOGはまったく聴いたことがなくて。ちなみに岡本さんはMOONDOGめっちゃ好きです。Don Cherryはどのへんが?」

――Don Cherryの音楽って、エセ民族音楽、フェイク・ワールドミュージックな感じがするんですよ。その胡散臭さが好きなんですけど、剤電の音楽にも近いものがある気がして。ワールドミュージックとニューエイジも繋がっているじゃないですか。
 「なるほど、めっちゃおもしろい。ただ、僕はジャズ方面からのインプットはあまりなくて。たぶん、ジャズで通っているのはECMくらいなんですよ。あの静謐な感じが好きで」

――ECMは現代音楽ともリンクしていますもんね。
 「あと、Chet Bakerだけは大好きですね。特に歌っているのが好きで、僕がソロのライヴでたまに歌うのは、彼のスタイルに憧れているからでもあって。もちろん『Chet』(1959, Riverside Records)とかインストのアルバムも好きだし、最晩年のドキュメンタリー映画『レッツ・ゲット・ロスト』(1988, ブルース・ウェバー監督)も好き」

――僕は『Albert's House』(1969, Beverly Hills)が一番好きです。たぶん、世の中的には駄作に分類されるんだけど……。
 「それは聴いたことないです。ボコボコに殴られて、前歯を折られたあとですか?」

――折られた直後くらいかな?ヘロイン中毒のどん底で、これもインスト・アルバムなんですけど、肝心の演奏がヘロヘロなんですよ。
 「ヤバそう。YouTubeに晩年のChet Bakerが家でライヴをしている動画があるんですけど、それもかなりヤバくて。緩いけど極まっている、リラックスしているのに殺気立っているみたいな。Chet Bakerって、やっている音楽はどちらかといえばムーディでソフトだけど、人生はめっちゃハードじゃないですか。彼の歌や演奏には憧れるけど、彼になりたいとは思わない。うん、めっちゃ好きですね」

――MOONDOGとDon Cherryを引っ張りますけど、どちらもミニマル・ミュージック的で、かつ子供が遊んでいるような無邪気さ、無垢さがあって。だから、さっき『Ophelia』の曲は「遊びで作った」と聞いたとき「おっ?」と思ったんですよ。
 「ああー。僕は普段の生活とか人生において無邪気さを発揮することはないけど、曲を作っているときはそういう側面が出せるのかな?なんか、僕の人生には“chill”の要素がなくて、常に緊張、覚醒みたいな。半分冗談ですけど、“ill”と“kill”しかない。それなのに『Ophelia』を聴いてくれた人から“チルい”と言われたりするんですよ。あと、近い友達に“自分だけの宝物を集めているような音楽だよね”と言われて。けっこう、核心を突かれたかも」

――「自分だけの」だから、高価なものである必要は……。
 「ないですね。個人的なオブセッションがあるのを集めて、広げてみた感じ。本当はもっとドリーミーというか、現実逃避みたいな音楽を作りたい気持ちもあったんですけど、なかなかそうならなくて」

――ドリーミーというのは、ドリームポップとかそういうこと?
 「そうですね。A.R KANEだったり、マイブラ(MY BLOODY VALENTINE)の『Loveless』(1991, Creation Records)だったり。あとHarold BuddがBrian Enoと作った『The Pavilion of Dreams』(1978, EG Records)という桃源郷みたいなアルバムとか、そういうのが好きなんですけど、まあできないですね」

――『ヘブン』は?シューゲイズのEPも作っていましたよね。
 「あれは、めちゃくちゃ“ill”ですね」

――XIANの「天使」(『蝶刻』2023, DISCIPLINE PRODUCTION)のオリジナル・バージョンが『ヘヴン』に収録されていて、ブチ上がりました。
 「『ヘヴン』は、飼っていた猫が死んじゃったときに作ったという“ill”な事情があって。オリジナルの“天使”も気に入ってはいるけど、あまりにも救いがなさすぎるんですよ。それでXIANを始めるとき、かんなちゃんに“こんな曲があるんですけど、一緒にやりませんか?”と音源を送ったら、かんなちゃんも気に入ってくれたし、XIANにもハマったという」

――そういう経緯があったんですね。
 「あと、さっき“ドリーミー”と言いましたけど、ドラッギーにはしたくないんですよ。僕はドラッグやらないし、基本的に酒も飲まないんで。例えば『Topaz』の1曲目の“Underwater Moonlight”というタイトルは、THE SOFT BOYSのアルバム(『Underwater Moonlight』1980, Armageddon Records)から取っていて。THE SOFT BOYSはSyd Barrettフォロワー的な、ポストパンク / ネオサイケのバンドなんですけど、彼らの『Underwater Moonlight』が、“起きたままサイケデリア”みたいな感じなんです。それが、ひとつの理想ですね。やっぱり覚醒はしていたい」

XIAN | Photo ©kirin
XIAN | Photo ©kirin

――タイトル曲の「Topaz.」は相対的にスケール感があって、とりわけニューエイジっぽい。
 「ニューエイジっぽいですよね。ゴスでもないし、ちょっとスピっているし。“Topaz.”はあまり考えずにパパッと作ったんですけど、一番わかりやすいというか、一番シングル曲っぽくなりましたね。そして、“しあわせにできない”と同じくらい気に入っています。別の言いかたをすると、“しあわせにできない”とは違う方向性で、一番いいのができた。“真夜中のプールと空想の熱帯魚に捧げるサウンドトラック”というコンセプトに基づきつつ、稲垣足穂的な、鉱物的なエロティシズムも表現できたかなと自分では思っているんですけど、みんなはどう思うんだろう?」

――トパーズという鉱物自体にも、何か思い入れが?
 「思い入れというか、普通に好きな宝石なんですよね。もともと宝石とか石も好きで。無機質だけど、官能的みたいな」

――そういえば『Ophelia』にも「琥珀 (Amber)」と「真珠 (Pearl)」という曲がありましたね。しかも琥珀は天然樹脂の化石だし、真珠は貝の体内で生成される生体鉱物だから、どちらも有機物と無機物の間みたいな。
 「言われてみればそうですね。だから魅力的に感じるのかな?とにかく琥珀も真珠も好きな宝石なんでタイトルにしました。『Ophelia』の曲は、“Aqua”と“ヴェニチアの湖(Lakes of Venice)”は水だし、“Garbera”は花だけど、まあ好きな花なんで、“自分だけの宝物を集めている”という指摘はやっぱり鋭いですね」

――「ハイネ (Heine)」は……人の名前?
 「『狗-DOGS-』(三輪士郎 | 2005-, 集英社)という漫画の主人公の名前です。けっこうディストピアっぽいバトル漫画で、ノイバウテン市長というキャラクターも出てきたりするから、作者の人はインダストリアルとか好きなのかも。絵柄もかっこいいんですよ」

――「Topaz.」は、アレンジ違いをBandcampに上げていますよね。「紅砂 -ancient topaz-」というタイトルで。
 「“Topaz.”を作ったのはいいけど、そのままだとライヴで再現できなくて。メインのメロディは変えずに、展開とかをライヴで演奏できるようにアレンジし直したのが“紅砂”ですね」

――『零花』のときはライヴは想定していなかったという話でしたし、『Ophelia』のときもおそらくそうだったと思うので、そのへんも変化がありますね。
 「たしかに。だから玉野さんはマジで恩人ですね。これはいろんな人に言っているんですけど、僕がソロでライヴをやるときは、本当にみんなに感謝していて。企画に誘ってくれた人にも、ライヴを観にきてくれた人にも。ソロのパフォーマンスは全部自分のせいにできるから、楽なんですよね。いや、バンドでやっているときは人のせいにしているという意味じゃないですよ……全部の矛先が自分に向くのが、なんかいいんです。あと去年、THE BREATHのYagiさん(UNARM, SOCIO LA DIFEKTA)の企画に呼んでもらったとき……」

――HILLVALLEY STUDIO(東京・新宿)でやったやつだ。オークランドからSHUVとWHINEを迎えて、対バンがTHE BREATHとGUMMY BOYSと剤電。いい企画でしたね。
 「めっちゃ楽しかったですよね。ああいうかたちでああいう人たちと関われたことが嬉しかったし、ああいう状況でもっとライヴをやりたいなって思いました」

――ハードコア・パンクとニューエイジの対バンみたいな?
 「簡単に言えばそういうことですね。岡山のZETTONのベースのサツキくん(CLOAG | Darkside OYC)が、僕のソロを気にしてくれていて。去年のNEW RALM FESTで会ったときに“赤壁亭(岡山・鏡野町)にKLONNSを呼びたいんだけど、実現したらZieさんのソロもやりませんか?”と言ってくれたんですよ。どこまで本気かはわからないけど、それができたら最高ですね。別に僕のソロを好きになってもらわなくていいから、そういうところでやってみたい。“私はこういう人です”みたいな感じで。また話が逸れちゃいましたね」

――『Topaz』に戻りましょうか。「Mod’ Fish」は南国感というか、フェイク・ワールドミュージック感ありますね。
 「めっちゃありますね。“Mod’ Fish”は手癖で作った感じで、実はこの曲だけ、台湾は関係なくて。2025年の4月にKLONNSとGAGでUS西海岸ツアーをやって、帰国してから作ったんですよ。ツアー中は基本的にGAGのギターのCasey(Shaw | APEX PREDATOR, CRAWL SPACE, ODD MAN OUT)が車の運転をしてくれたんですけど、あるとき僕が助手席で居眠りして、起きたらめちゃくちゃいい音楽が流れていて。Caseyに“これは何?”って聞いたら“QUEST MASTERっていう、ダンジョン・シンセの人だよ”って教えてくれたんです。でも僕、ダンジョン・シンセは全然通っていなくて、ひとりも知らないんですよ」

――僕も知らないです。
 「それで、日本に帰ってから改めてQUEST MASTERを聴いたらやっぱりかっこよくて、ダンジョン・シンセを掘ってみたりしたんです。そんなふうにCaseyは音楽のこともいろいろ教えてくれたり、ツアー中にすごい世話になったから、Caseyに感謝する曲を作りたくなって。だからこの曲は、最初は“Casey”というタイトルだったんです」

――Caseyとは、僕は去年の、つまり2回目のGAGの日本ツアーでちょっと喋った程度なんですけど……。
 「めっちゃいい奴ですよね。しかも変……というか、GAGは全員変ですね。特にヴォーカルのAdam(Barnes)はインダストリアルとかEBMが好きで、彼とはそこらへんの話で盛り上がりました。でも基本、全然喋らない。いつも爪楊枝を咥えているし。“アメリカの高倉健”って呼んでいました」

Adam Barnes (GAG) + Zie
Adam Barnes (GAG) + Zie

――Caseyに、僕は下の名前がヒカルなので「ヒカルです。よろしくね」って挨拶したら「『ヒカルの碁』だな!」って。あれ最高だったな。
 「オタクというか、もはや文化人ですよね。僕らの友達の誰よりも『週刊少年ジャンプ』(集英社)に精通しているんで。そんなCaseyに捧げようと思って作り始めたけど、作っているうちにどんどん関係なくなっていって。『Topaz』の曲はUSツアーの前にほとんどできていたから、ツアー中にモーテルで聴いたんですよ。そうしたら、なんか地味に感じて。たぶん、アメリカの物質主義と消費社会に毒されていたんでしょうね。それで、帰国してから手を加えて、音の感じもちょっと派手にしたりして、今のかたちになったんです。だからもしアメリカに行っていなかったら、『Topaz』はもっと『Ophelia』に近かったかも。“Mod’ Fish”は特に物質主義的というか、音数も多いし、展開もあるし……」

――うっすらギターも入っていますね。
 「だからちょっとニューウェイヴっぽい感じもあるし、けっこう盛りだくさんで、闇の要素はあまりないですね」

Casey Shaw (GAG) + Zie
Casey Shaw (GAG) + Zie

――「Reminiscence」の冒頭にもギターソロがありますね。楽器の選択って、どういう狙いでしているんですか?
 「ギターは、足りない何かを補うために使いますね。華やかさとかエッジが足りないと思ったときに。“Reminiscence”のギターはあまり弾かないタイプというか、ブルーズ、泣きみたいな感じの演奏を自分なりにやってみました。やっぱり僕はキーボーディストじゃないんで、やれることに限界があるんですよ。“こういうことをしたいけど、キーボードじゃできない……”というのが多々あって、そういうときにギターを使います」

――キーボーディストじゃないというのは、ポイントかも。
 「ポイントだと思います」

――あまり和音を使わずに、右手で単音のメロディを弾いていく感じ。
 「和音を使えないし、そもそも両手で弾けないんですよ。だから、母がピアノをやっていたんで、キーボードでライヴを始めるにあたって、母の家まで行ってレクチャーしてもらったんです」

――いい話だ。
 「でも、技術力に差がありすぎて。僕は右手と左手が別々に動かなくて、どうしてもクラシック的な要素に欠けるし、メロディとかも連続的に展開できないんですよ。キーボーディストがやるニューエイジとかアンビエントって、けっこう大きく展開するんですけど、僕はそれができないんで、必然的にミニマル・ミュージックになっていく。僕はGavin Bryarsの『Hommages』(1981, Les Disques Du Crépuscule)というアルバムが好きで、それはめっちゃミニマルなんですよ。でもなんか、同じフレーズを繰り返されるのがちょっと瞑想的というか……僕は瞑想とかも嫌いなんですけど」

――Zieさんには“chill”の要素がないから?
 「そう。“chill”全般が嫌いなんですけど、自分がひとりでやりたいことをやると、そっちに近づいていくみたいな。そうやって“自分が憎んでいたはずのことを無意識にやっている”というのが、僕のソロにおけるでかいテーマなのかもしれない。deadmanという大好きな名古屋系のバンドがいるんですけど、ヴォーカルの眞呼さんのインタヴューがYouTubeに上がっていて。そこで“自分が憎んでいる人も愛せるようになりたい”という意味のことを言っていたんですよ。BUCK-TICKも“極東より愛を込めて”(2002, BMG)で“汝の敵を 愛する事が 君に出来るか”と歌っているし、やっぱりそういうことなのかなって」

――Zieさんは、好きじゃないものにはわりとはっきり「好きじゃないっす」と言いますよね。
 「自分で意識はしていないけど、かなり言っているみたいですね。それに対しては罪悪感みたいなものもあって。こないだ友達にも言われたんですけど、僕にはめちゃくちゃ矛盾があるんですよ。だから、ひょっとしたら長尻を合わせたいのかも。それか、許したい」

――許したい?
 「僕は、自分が憎んでいる人を愛する領域には達せないと思っているんで、それを許したいみたいな。優しさ……とは違うのかな?そんなことを言いつつ、テンション的にはTELEVISIONとかニューヨーク・パンクな感じでやりたいんですけどね」

――TALKING HEADSは?
 「全然好きじゃないっす。言葉でうまく説明できないんですけど、“フゥワッ、フゥワッ”みたいな感じが嫌いで。なんか、J-POPっぽくないですか?いや、TALKING HEADSにも好きな曲はあるっちゃあるけど……」

――僕の場合、例えば「Burning Down the House」(『Speaking In Tongues』1983, Sire)は全然好きじゃないけど、「Once In A Lifetime」(『Remain In Light』1980, Sire)はめっちゃ好き。
 「僕もめっちゃ好きですね。でも、やっぱり僕はTELEVISION、SUICIDE、RICHARD HELL & THE VOIDOIDSみたいな、やせ我慢しているようなパンクが好き。もちろんDNAとか、ノーウェイヴも好きです。なんの話でしたっけ?」

――とっかかりは「Reminiscence」のギターかな。曲そのものについても聞いていいですか?
 「“Reminiscence”は、もともと持っていたベースのフレーズをキーボードに置き換えて作った曲です。僕としてはエリック・サティみたいな感じにしたかったんですけど、ChenとかMAKOちゃんは“これが一番好き”と言ってくれました。“『ツイン・ピークス』(1990-1991, デヴィッド・リンチ監督)のサウンドトラックみたいだ”って。でも僕、『ツイン・ピークス』を観たことがないんです」

――えっ、今日いち意外かも。
 「僕の中の七不思議のひとつが“『ツイン・ピークス』観たことない”なんですよ。もちろんメイン・テーマくらいは知っていますけど。“Reminiscence”は“追憶”という意味で、僕は小さい頃、母方の祖父が持っていた別荘に連れていってもらっていたんです。山梨県の紅葉台という、青木ヶ原樹海のそばにある別荘地なんですけど、そこに、誰も住んでいないはずなのにずっとピアノの音がする家があって」

――お化け?
 「わからないけど、幼い僕は“ピアノのおばさん”と呼んでいました。そんな幼少期の思い出がモチーフになっています。だから、これも闇の要素はないですね」

Zie、齢10の頃
Zie、齢10の頃

――『零花』と『Ophelia』では収録曲を厳選していたことが窺えますが、『Topaz』でも?
 「厳選しています。昔、雑に作った曲とか完成していない曲もリリースしていた反動もあり、中途半端なものは絶対に世に出したくないと思うようになりました。あとなんか、『零花』のときも『Ophelia』のときも出したことに満足しちゃって、次のことを何も考えていなかったんですけど、今はちょっと、また新しいやつを作りたくなっていて」

――おおー。
 「『Topaz』の曲を作ってから1年以上経って、その間に自分の考えていることも変わったんで、次はもっと憂鬱な……ゴシック・ニューエイジ?わからないけど、例えば“Frozen doll”みたいな、うっすら闇を纏ったような曲をもっと作りたくて。もちろん“しあわせにできない”みたいな、“明示はされないが、何かが起こっている”ような曲も。最近、マルグリット・デュラスの『アガタ』という戯曲を読んで、すげえ食らったんですよ。兄と妹の対話で、過去にふたりの間で何かがあったのは間違いないんだけど、曖昧にぼかされる感じで。例えば『ブレードランナー』も、なんでロイ・バッティがデッカードを助けたのかわからないじゃないですか」

――デッカードは人間なのか、レプリカントなのかということも。リドリー・スコット監督は後者だと明言していましたけど。
 「そういう、説明されないけどそこにめちゃくちゃ強い感情がある、みたいな感じがすごい好きなんですよね。と言いつつ、僕自身は何事も白黒つけなきゃ落ち着かないタイプなんで、そこにも矛盾があるんですけど、創作においてはあまり明言したくないです」

――次作も楽しみだ。
 「これは告知なんですけど、ソロの単独作とは別に、僕が多大な影響を受けた人物のひとりである1797071ことMAKOちゃんと、今スプリットを作っていて。たぶん、今年の11月には出せると思います」

――それ、以前ちょっと匂わせていましたよね。最高すぎる組み合わせ。
 「自画自賛になっちゃいますけど、現時点でもう、2026年のすべてを終わらせてしまうかもしれない。僕がイントロを、MAKOちゃんがアウトロを作って、プラス各々3曲ずつ収録するんで全8曲、トータル35分くらいあって」

――ほぼLPサイズだ。
 「当初は2曲ずつくらいで考えていたけど、お互いの美意識を反映させるうえでも、もうちょっと長いほうがいいのかなって。僕がいつもライヴの最後にやっている長めの曲も入っています。リリパも12月26日にpool(東京・桜台)でやるんで、もしよかったら来てください。今年はいろいろとさんざんな年だったんで、このリリパで咲き乱れて、すべてを燃やし尽くしたいですね。あと、もはやインタヴュー関係なくなっちゃうんですけど、今ちょっとXIANも動いていて」

――やった!関係なくないですよ。
 「新しいEPを制作中で、来年の1月か2月、いや3月?くらいのリリースを目指しています。ほかに、何か聞きたいことありますか?」

――そうだな……Zieさんは、機材へのこだわりはあるんですか?
 「それが、なくて」

――ないの?おもちゃのキーボード、あるいはおもちゃっぽい音に何かこだわりがあるのかなと思ったんですけど。
 「子供が使うようなキーボードというのはたしかに重要なポイントではあるけど……強いて言えば、“シンセはできるだけ使わない”というこだわりはあります。というのも、僕は音色が変わる楽器が嫌いなんですよ。だからエレキ・ギターよりもアコースティック・ギターのほうが好きだし、ベースも、今は歪みのエフェクターを通して弾いているけど、本当はアンプ直がいいくらい、音色が変わる余地があるのが嫌で。シンセって、無限に音を変えられるじゃないですか。あれは僕にとって恐怖の対象なんです」

――シンセは恐怖の対象。
 「シンセが使われている音楽は大好きなんですよ。でも自分が使うのは……一時期KORGのmicroKORGというシンセを持っていたけど、もう怖くて。その点、サンプラーは有り物を拾って加工するだけなんで使いやすいんですよね」

――XIANの曲は、シンセ使っていないんですか?
 「XIANの曲は全部ソフトウェア・シンセで作ってはいるけど、ディストーションとかリヴァーブをかける程度で。ソロのときは音色の変わらないキーボードで作って、ミックスするときも極力エフェクトをかけないようにしていますね。以前、IN THE SUNの高野直紀さん(TIDEPOOL)に“Zieさんを部屋に閉じ込めて、シンセを与えて曲を作らせたい欲求がある”と言われたことがあって。高野さんは僕の曲を“めっちゃ好き”って褒めてくれるし、僕もIN THE SUNめっちゃ好きなんですけど……」

――僕もIN THE SUNめっちゃ好き。
 「現時点では、シンセを使うことはないかな。それよりは新しいキーボードを……そうだ、新しいキーボードを買うと曲を作りたくなりますね。新しい音色で」

『Topaz』制作時にメインで使ったキーボード

『Topaz』制作時にメインで使ったキーボード
『Topaz』制作時にメインで使ったキーボード

――音色にインスパイアされる?
 「めっちゃされます。音色から作るみたいな。あと、曲を作るときはタイトルを考えるのにすごく時間がかかるというか、タイトルを決めてから作り始めることが多いです。歌詞がないぶん、タイトルで言いたいことを仄めかしておきたくて。我ながらかっこいいタイトルをつける才能があると思っているし、タイトルを考えているときが一番楽しいかもしれない」

――じゃあ「Casey」から「Mod’ Fish」にタイトルが変わったのは、例外的なケース?
 「実は、“Casey”から直で“Mod' Fish”になったんじゃなくて、間に“キネオラマ”を挟むんですよ。つまり“Casey”→“キネオラマ”→“Mod' Fish”というタイトルの変遷があって。キネオラマという言葉は稲垣足穂の小説を読んで知ったんですけど、キネマとパノラマをくっつけた造語で、映像を投射する装置……かな?とにかく“キネオラマ”に改題してみたものの、できた曲はキネマでもパノラマでもない感じだし、熱帯魚をコンセプトにしていたから“Mod' Fish”に。たしかサーフボードの形状に“Mod Fish”というのがあるんですよ。あと、土屋昌巳が『Mod' Fish』(1997, Cross | Polydor )というアルバムを出していて、ジャケもめっちゃ魚なので、そこから拝借しました。ほかに、何かありますか?」

――『Ophelia』と『Topaz』の間に、『Myth EP』(2025)と『HEXE』(2025, Karma Detonation Tapes)をリリースしていますよね。『Myth』は“剤電”ではなく“ZIE”名義なので、番外編と言っていいと思いますけど……。
 「『Myth』については、話しておくべきかもしれないです。2023年にKLONNSと鏡のツアーで初めて台湾に行ったとき、台北のHalfway Coffee(半路咖啡)で、TOXIC BALDのドラムのValenくん(曹瑋倫)と僕のふたりでインプロのライヴをやったんですよ。それが自分的にすごく手応えがあったし、めちゃくちゃ刺激をもらったんで“何かやろう!”と、衝動的に『Myth』を作りました。ただ、このときは声を使った曲をやろうと思って、実際やったんですけど、ほかの作品と違いすぎるし、うまくいった曲も少なかったんで……」

――『Myth』は4曲入りですね。
 「しかも4曲中、2曲は昔作ったやつを作り直しているんですよ。僕は2017年に、市販のミンティアにダウンロード・コードをつけて売り捌いていた時期があって」

――ハスリングみたい。
 「当時はTwitterをめっちゃやっていて。“アルバム作ったんで、欲しい人いたら連絡ください”ってツイートして、会ったこともない人に新宿の路上とかで1,000円もらってミンティアを渡すっていう。あの頃はめちゃくちゃで、下北沢を歩いてたら知らない人に腕を掴まれて“ザイデンさん”って笑われたりして。そのミンティアにくっつけたアルバムの曲をリメイクして『Myth』に入れたんです。だから本当に衝動の産物というか……2025年に玉野さんの企画に誘われたときも『Myth』の曲をやろうと思ったんですけど、歌いたくなくなって。あの路線はあれだけで終わった感じですね」

――『Myth』は、日本の80sポストパンクへの愛を感じます。
 「めっちゃそこらへんに傾倒していますね。まさにG-SCHMITTとかZELDA、あとはヤプーズ、D-DAY、黒色エレジーとか、女性ヴォーカルで日本語詞のバンドが大好きなんで。そういう意味でも衝動的な、番外編です」

Zie | インプロヴィゼーションでのライヴ @台湾 2023
インプロヴィゼーションでのライヴ @台湾 2023

――一方で『HEXE』は、「自分がやる必要はない」と言っていたノイズです。これも台湾・台北のレーベル、Karma Detonation Tapesからリリースされていますね。
 「Karma Detonation Tapesはノイズ・アーティストのJared Xu(Chia-Chun Xu)のレーベルで、僕は昔から彼の作品がめちゃくちゃ好きなんですよ。彼がBERSERK名義で、たぶんまだ10代の頃に初めて日本に来たときも、僕はライヴを観に行っていて。そうしたら、KLONNSと鏡で初めて台湾に行ったときに彼がライヴを観にきて、“僕はレーベルをやっているから、何か音源があったら送ってよ”と言ってくれたんです。それがすごく嬉しくて。過去にサンプラーでコラージュして作ってそのままになっていた曲があったから、リミックスとリマスタリングして送って、リリースしてもらいました」

――『HEXE』のカセットテープって、日本で流通しました?
 「ほぼしていないですね。JaredにはVirさんという、スペイン人でダンサーのパートナーがいて。彼は台湾とスペインを往復しながらレーベル運営とアーティスト活動をしていたらしいんで、めっちゃ忙しかったと思うんですよ。だから僕のところにもまだカセットが送られていなくて。今年の3月に僕がひとりで台湾に行ったときにJaredと再会したんですけど、ちょっと気まずそうにしていました。でも『HEXE』は、僕の“Jaredと一緒に何かやりたい”という願いが叶った物的証拠というか。ジャケも彼がデザインしてくれたし、尊敬するJaredが僕の音源をリリースしてくれたというだけで十分なんです。だからこれも、『Myth』と同じく番外編ですね」

――そしてどちらも台湾が関係している。
 「台湾好きすぎる奴みたいになっていますよね。いや、本当に好きなんですけど、基本的には特定の場所を好きになるとかはないんです。まあ、今言ったように『Myth』と『HEXE』は番外編で、『Topaz』を作ったときは世界に感謝していたから精神状態が普段とは相当違ったんですけど、『Topaz』の出来には現時点でかなり満足していますね。これは、親にも聴かせられます。親族、周りの友達、猫にはいつも感謝していますよ。それ以外は、あまり興味ないですね。ほかに、何かありますか?」

剤電 "Topaz" release party / SUNDIALLL tour 2026「絶海」
Artwork ©1797071
■ 剤電 "Topaz" release party / SUNDIALLL tour 2026
「絶海」

2026年10月23日(金)
東京 小伝馬町 ツバメスタジオ 3F

開場 19:00 / 開演 19:30
前売 3,000円(税込 / 別途ドリンク代)
予約

[出演]
1797071 / SUNDIALLL / 剤電

剤電 'Topaz'
Artwork ©陳逸
■ 2026年8月20日(木)発売
剤電
『Topaz』

TWIN PEAKS Records
https://twinpeaksrecords.bandcamp.com/album/topaz

[収録曲]
01. Underwater Moonlight
02. Frozen doll-もう会えない
03. Rossi
04. 青 (em[…)
05. Topaz
06. Mod Fish
07. Reminessence