Feature | Detriti Records


退廃的でフューチャリスティックな独レーベルのエニグマ(aka 社内ブーム)

文 | 玉野勇希 (ZENOCIDE | SLAVEARTS | UNCIVILIZED GIRLS MEMORY

 冒頭から本稿で特集するレーベルとは無関係の(?)バンド名から始まってしまい恐縮であるが、ベルリンにDIÄTというバンドがいる。ジャンルで言うなら所謂ポストパンクに該当するであろう、コールドなリフワークに乾いたドラムとエコーのかかった亡霊のつぶやきのようなヴォーカルが素晴らしい。Bandcampで『Positive Disintegration』というEPを見つけて以来お気に入りで何度も繰り返して聴いていたのだが、この素晴らしさを共有したく6月某日、CORNER PRINTINGの同僚でもあるSOLVENT COBALTのサトシ(大塚智史)にYouTubeのURLを送り付けた。

ドイツのDIÄTってバンド知ってる?

ポストパンクのでしょ?

そう!

最近ハマってるんだけど、サトシ好きそうだなと思って

1stしか聴いたことないけどかっこいいよね。なんかリミックス音源みたいの出てた気がする

そう!Iron Lungから出てるのやばいよね


 といったやりとりがありつつ、自分も流れで作業BGMとしてYouTubeで前述のEPを再生し続けていた。「耳にのこるリフワークはUKメロディックにも通じるな……」などと考えていると、突然PCのスピーカーが異常な音を吐き出した。歪んだシンセと不穏なメロ、やたらと硬質なビートは殺人アンドロイドの駆動音にしか聞こえない。どうやらYouTubeが親切にもDIÄTを愛聴している私が気に入りそうな音楽をアルゴリズムから算出してくれたらしい。その音源こそがFILMMAKER『Drainvoid』であった。YouTubeの思惑通り、このサウンドをすぐに気に入った私は、いつもの職場を一瞬にして『ブレードランナー』の世界に幻視させ、レプリカントのメンタルとなって仕事に興じる遊びに夢中になってしまった。

 その後はFILMMAKERのBandcampや各種ストリーミングで全作品を聴き漁る日々であったが、その間にも月1どころか月2くらいのペースで新作が発表され、そのペースに驚かされると共に、リリースを予告しながら延期を続けている自分の作品に思いを馳せたりもしつつ(UNCIVILIZED GIRLS MEMORYのEPなど色々やってはいます)、酒を飲んだり本を読んだり寝たり仕事をしたりする日々が続いていた。

 7月某日、会社の勉強会兼BBQ大会が開催された。缶ビールを飲みながら例によってサトシと仕事と関係がありそうでないような話をだらだらしている中で、我々の目下マイブームであるFILMMAKERの話になった。「リリースのペース異常じゃない?」「AVEが調べてくれたんだけどコロンビアとかその辺のトラックメーカーらしい」「謎にヴォーカルが入った曲もある」。過度な情報量から、中途半端な盛り上がりを見せる談義に弊社営業部部長の水上芽美も食いついてきて、最後までぬるめな良い温度の盛り上がりを続けながら夕方過ぎまで缶ビールを消費し続けた。

 そうしてFILMMAKERが社内の各フロアで謎のブームを巻き起こす中、またしてもサトシからひとつのURLが送られてきた。

知らないけど、FILMMAKERをポジパンにしたみたいなサウンドでかっこいいね

Detriti RecordsってFILMMAKERと同じレーベルなんだけど、ここから出てるの全部いいよ!
AVEに特集組んでもらおう笑

同じレーベルなのか!偏りがやばいなw

まじで日本で認知低そうだからAVEで特集組んで流行を牽引していくしかないw


 という流れでこの特集が組まれることとなった。完全に社内の身内ノリ悪ふざけでしかないのは見ての通り明らかであるが、「Detriti Records」のリリース・タイトルはいずれも非常にハイクオリティかつ、異常なる情報量であり、尋常でない雰囲気を伴ってインターネット空間に突如異様なディストピアを形成している。シンセウェイヴ、コールドウェイヴ、インダストリアル・テクノ、ロウハウスなんかのリスナーはもちろん、DIÄTのようなポストパンク・リヴァイヴァルの潮流ともシンクロするようなサウンドのアーティストも多数在籍している(ように見えるけど実体は不明)。もっと言うなら、レーベル全体に共通する退廃的でフューチャリスティックな世界観はP.K.ディックやミシェル・ウエルベック、最近の流行で言えば劉慈欣『三体』なんかのファンにもフィールする部分があるんじゃないかと想像する。この機に是非チェックしていただきたい。

CORNER PRINTING 従業員が選ぶ「Detriti Records」作品

| МОЛЧАТ ДОМА『С Крыш Наших Домов』
文 | 大塚智史 (SOLVENT COBALT

 海外ではそこそこ知名度はあるであろう(たぶん)、チェルノブイリの近く、ベラルーシ出身の80sライクなシンセウェイヴ・バンド。2017年リリース。この音源は元々セルフ・リリースらしく、何パターンか存在するらしい(たぶん)。
 ロマンティックな楽曲でギター・パートもあることから、1980年代のネオサイケ、オブスキュアなコールドウェイヴなどを連想させるが、それよりもっと、曇り空の下、無人の街で立ちつくすようなどうしようもない閉塞感が全編を覆っている。金属質ですらあるゲイトリヴァーブの効いたスネアが虚空に鳴り響く。
 僕はこういう冷たいものに、胸が締め付けられるように熱くなります。

| WORDS AND ACTIONS『Senza Veleno』
文 | 大塚智史 (SOLVENT COBALT

 2018年リリース。どうやらこのレーベルのオーナーのプロジェクトらしいですが、ベルリンのレーベルなのにイタリア語です。イタリアから移住した人なのかな?まあ、僕は音楽を聴くにあたってプレイヤーのパーソナルな部分にはさほど興味ありませんので、そこは置いときますが、2011年頃から活動してるっぽいです。
 D.A.F.が墓場でゾンビと化したとでも言うべきか、スカッとダンサンブルな感じは皆無で、地面を這いずり回っているようなドロドロした得体の知れない何か、それを体育座りして眺めている気持ちになります。とは言いつつリズム・トラックはアグレッシヴで、謎の抜き差しなどアレンジも変わっていて、いつの間にか不穏な空気が充満した異世界で足でリズムをとってしまう自分がいます。もちろん膝を抱えながらね。

| FILMMAKER『The Love Market』
文 | 水上芽美 (https://cargocollective.com/Memi-Mizukami

いつも大変お世話になっております。
ご注文をご検討くださり誠にありがとうございます。
CORNER PRINTING営業担当の水上と申します。

 この度はどういうわけか社内の一部で大変な人気を博しております「Detriti Records」の記事への寄稿ということで、専門外ではございますが、参加させて頂くことになりました。私のような専門外のものによる専門的な音楽評など求められていないかと思いますので、恐れ入りますが“なぜ営業事務職務中にこのレーベルの音楽を流すのか”という点からお話させて頂ければと存じます。

 現状私のおります営業部署には10数人の従業員が働いております。営業部署の雰囲気としては殺伐とした、やることは常に控えているといった様相で、全体を常に煽りたいため早めの曲を選びがちな点がございます。
 朝の8時頃から音楽を流し始めますが、10時から11時頃は特に選曲が大事と感じます。このDetriti Recordsから出ているコロンビアン青年によるFILMMAKERの『The Love Market』はかなりの頻度で流しておりますが、理由として自分の好みを除くならば、仕事が捗る気がする、これ一択です。どの曲からも共通して感じるスラッシャー映画のような緊迫感は良い塩梅に煽られ、作業の手をも加速させてくれるであろう思っております。

 なお、お昼休憩や定時後はCaetano Velosoなどをかけて、緩急を取ることも重要かと存じます。一張一弛こそが仕事の上で大変重要なポイントであると思いますので、状況に応じて適した音楽を流してゆこうと思っております。

| FILMMAKER『The Love Market』
文 | 那倉太一 aka L💔💲💲 (ENDON | GGRR | SLAVEARTS | JUSTICE | LETTERS)

 無論、音楽は何かイメージを現すために奏でられているのではないという意見には大いに同意する。ただ、受動的な鑑賞体験としては、何がしかのイメージが喚起されるということは往々にしてあるものだろう。そういう意味では最も的確な名義とも言える“FILMMAKER”による本年のリリースラッシュの中のひとつのプラトーである『The Love Market』の楽曲群も私にはそういう類のものであった。
 SSRIだかSNRIだかコンサータだかの副作用で若干の嘔吐感を感じながら、通勤電車に揺られて、労働に赴く者の内的感覚を現したような世界が視えた。当然だが、4つ打ち(リズム)は通勤電車、労働、規律正しい生活のメタファーである。うわものとして、蠢動する彼の主観性の襞は、居心地の悪さをアレンジする(つまり具合が悪い)のだが、聴き手の快感原則から逸脱することはない。同時にTHE DUST BROTHERSによる「Stealing Fat」が流れる『ファイト・クラブ』の導入シーンも思い出していた。たしか、シナプス間の伝達物質の行き交いという器質世界をヴィジュアライズしたテンションの高い『ミクロの決死圏』のようなものであった。
 音楽を病跡学的に捉えてなんの意味があるか全くわからないが、20年の時を隔てたTHE DUST BROTHERSとFILMMAKERのテンションと症状の違いに大きく唸ってしまった次第だ。

| GALATÉE『Sanse Titre』
文 | 久保田千史 (AVE|CORNER PRINTING | clinamina

 当時は隣席だった大塚センパイのデスクトップ内蔵スピーカが出力していたFILMMAKERの音源を聴き、「Detriti Records」の存在を知った。FILMMAKER単体でもそうなんだけど、“ワイの思う80sユーロ・アンダーグラウンド(主にフレンチ)を全部やってみました”みたいな情報処理感覚が実に今っぽいレーベルだ。サウンド、アートワークを含めたオブスキュア感もむしろ今っぽい(昨今のポストパンク・リヴァイヴァルの延長という意味でも)。テクノロジーによる補正が行き届いた現代においては、意図的にやらなければ、こうはならないもんね。そういう意味ではブラックメタルみたいではある。仮にVONの人がやってたSIXXなんかがカタログに加わったとしても、まるっきり変ではないしね。でも、パンク然としたテイストで統一して引き締めているのがこのレーベルの個性になっている。オーナーのDavide Laceさんという人は「Opal Tapes」とかからもインスパイアされているみたいなので、そこが懐古ではなくモダンに徹しているのも良いんだと思う。接する感触に関して言えば、フィジカルを目にする機会がほとんどないが故にBandcamp頼みってこともあって、NRKとか、トリルウェイヴを毎日のようにDLしていた頃の気持ちに似ている。

 ガリ版ライクなアートワークが並ぶリストにおいて、一際異彩を放っているのがこのGALATÉE。ファッション・フォトグラファーに撮らせたカヴァー・フォトからは気合いしか感じない。チェーホフを生んだ街、ロシアはロストフ・ナ・ドヌのデュオみたいなんだけど、フランス語で歌唱しているのも気合いでしょ。内容はシンセ・オリエンテッドなレイドバック・アーバン・ポップ。ひと昔前なら「Valerie」みたいなフレンチ・エレクトロ、近年なら(Valerieとも関係はあるけれど)ELECTRIC YOUTHなんかが好きな人は絶対気に入ると思う。ジョン・カーペンター監督作品のファンにもおすすめ。本人たちはチルウェイヴだと思ってるみたいで、その感覚も好感が持てる。

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