Review | アニエス・ヴァルダ『Lion’s Love』


文・撮影 | ミリ (Barbican Estate)

 このAVE | CORNER PRINTINGの連載では、私が日々気になっている何かをレヴューすることになっているのだが、気になりすぎてもはや頭を抱えるほど悩んでいる趣味が映画だ。人生の2、3時間はたかが知れているという楽観と、見たい映画が多すぎて、死ぬまでにそれらを全て観ることは不可能なのではないかという焦燥感とが常に共存している。私は私自身の体を再生機のように考えていて、本来超インドア趣味の映画を多く観るためには、健康長寿も心がけねばならない。上記はハードウェアの“耐久年数”的な問題だが、加えて最近はソフトウェアの“有効性”の問題もある。

 最近はより物理的に“観ることが困難”な映画を追い求める傾向にあるが、レンタル・ショップにない作品の大半は廃盤、レア化しているものばかりだ。いかに安く購入するかをいつも苦慮していたのだが、ここ数年の映画配信サービスは完全に新たなフェーズに突入し、スマホこそが世界最強の名画座と化してしまった。オークション・サイトでの攻防などさまざまな苦労を経て、または息も絶え絶えようやくDVDを購入した高額の作品が、いともたやすく配信されていると、なんともやり場のない絶望感に襲われる。

 大量の映画を超安価に再生でき、さらには持ち歩けるサブスクを人一倍楽しんでいる自負があるが、それでも現状はいつ配信が解禁されるか、そして配信が停止されるかという恐怖と闘いながら、廃盤ソフトを集め、特集上映に足繁く通う苦行をまだまだ止められずにいる。そんな誰に課された訳でもない修行生活の中で、長年憧れていたアニエス・ヴァルダの『Lion’s Love』(1969)を、映画評論家の大寺眞輔さんが主宰する「新文芸座シネマテーク」で観ることができた。

 『5時から7時までのクレオ』(1962)などで知られるアニエス・ヴァルダは、夫のジャック・ドゥミと共にヌーヴェルヴァーグ左岸派の作家としてフランス映画史に名を残している。彼女の作品はいつもどこかふざけていて、自身のチャーミングな魅力が溢れているから好きだ。ただ、私個人は映画に目覚めさせてくれた フランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダールら、カイエの面々(右岸派)への思い入れが強すぎるため、右岸派・左岸派の論争こそナンセンスだが、今回レヴューするアニエス・ヴァルダは特別パーソナルな作家というわけではない。私が『Lion’s Love』に焦がれていたのは、アニエスがアメリカで作ったポップ・カルチャーの映画だと聞いていたからだ。

 ミケランジェロ・アントニオーニの『砂丘』(1970)や、ヴィム・ヴェンダースの『パリ・テキサス』(1984)など、ヨーロッパの映画人がアメリカに渡って撮ったニューシネマ的映画に私は滅法弱い。彼らのアメリカに対する憧憬と、荒漠とした絶望とが二項対立しているからだ。しかも『Lion’s Love』は、ウッドストック・フェスティヴァルが開催され、アポロ11号が月面着陸した1969年に製作された映画だ。『イージー・ライダー』(1969)と同じ空気を孕んでいるなんて、それだけで私にとっては価値があるのだが、『Lion’s Love』は期待を十分に超える映画だった。

Photo ©ミリ (Barbican Estate)
アンディ・ウォーホルが創刊、編集長を務めた雑誌『インタビュー』の記念すべき創刊号はなんとアニエス・ヴァルダ特集、表紙は『Lion’s Love』だ。当初無料で配布されていたこの雑誌を調べると、現在約$3,300で取引されているサイトが見つかった……。全く手が届かないので雑に印刷して今年の手帳にした。

 米ロサンゼルスに住む3人の男女は、3人での結婚生活を試している。太陽が高く上るまでベッドでダラダラ過ごし、ハイになってプールで泳ぎ、自らの寸劇に興じる。一見怠惰でありがちなアシッド・ムーヴィーに思えたが、彼らのサイケデリックな部屋に置いてあるブラウン管から時折ニュース映像がコラージュ的に映し出される。もちろんベトナムやケネディ暗殺の報道だ。それを見た俳優たちが議論を始めると、演劇とドキュメンタリーとが複雑に混じり合う構図が生まれ、強烈な緊張感すらあった。

 ニューヨークから主人公3人の家を訪ねる映画監督を、シャーリー・クラークが自身の役で演じているが、劇中ではシャーリーの映画が中止になり、彼女は自殺未遂を図る。これはアニエス・ヴァルダ自身の投影だった(自殺のシーンを演じたくないと混乱するシャーリーに痺れを切らし、カメラを回していたアニエス自身がフレーム・インする様子がそのまま使用される笑)。

 コロンビア・ピクチャーズから発表された夫のジャック・ドゥミの映画『モデル・ショップ』(1969)の裏で、一緒にアメリカに付いてきたアニエスもまた、コロンビアで映画を作る予定だったが、会社が最終編集権を彼女に譲らなかったために映画は頓挫したらしい。ハリウッドと対立したことで彼女もまたアメリカへの絶望を嘆いていたが、さすがフラワーチルドレンにも直ぐに馴染んだアニエスだけあって(『アニエスの浜辺』[2008]では、ジム・モリソンと彼女が芝生でくつろぐ映像を見ることができる!)、ロサンゼルスの街や人をユーモラスたっぷりに描き、また世界が大きく動く混乱や恐怖を外側からも内側からも捉えた『Lion’s Love』で、アメリカとの折り合いをつけ、リベンジをも果たしたのだろう。

 このように映画の構図や背景も非常におもしろいのだが、『Lion’s Love』をよりポップ・カルチャーたらしめているのは主人公3人を演じる俳優だ。ジェームズ・ラドとジェローム・ラグニ、そしてヴィヴァである。ここまで作品についていろいろと書いてきたが、正直に言って私は、私のアイドルである彼らの姿を見たかっただけに過ぎない。ジェームズとジェロームは、オフ・ブロードウェイ、そしてブロードウェイの大ヒット・ロック・ミュージカル『Hair』(1967)の作者であり俳優だ。舞台上の彼らの映像は観ていたが、『Lion’s Love』ではもはやヒッピー界の超セレブとなった彼らの実生活を垣間見ることができるようで、感激した。

 そしてヴィヴァと言えば、イーディ・セジウィックやニコと並ぶあのアンディ・ウォーホルのミューズである。『ヌード・レストラン』(1967)や『ロンサム・カウボーイ』(1968)などアンディ・ウォーホルのいくつかの映画に出演しているが、まあほとんど裸である。なので、着飾ってスター然とした『Lion’s Love』の彼女には、俳優としてウォーホルから自立していく過程が見えた。余談だが、私の崇拝するヴィム・ヴェンダースは『ことの次第』(1982)などほんの端役でヴィヴァを登場させている。彼もファンなのだろう。

Photo ©ミリ
ウルトラ・ヴァイオレットの自伝『さよなら、アンディ ウォーホルの60年代』は、私的ファクトリーの教科書だ。背表紙にはウルトラとライバル関係だったヴィヴァがいる。ブロードウェイでの成功から約10年後、『Hair』はミロス・フォアマンによって映画化(1979)されたがジェームズとジェローム両名は出演していない。

 2019年にアニエス・ヴァルダが亡くなって以降、さまざまな劇場で彼女の特集上映が組まれ、なかなかお目にかかれなかった初期作品なども公開されている。私は『Lion’s Love』が非常に気に入ったので、コレクターとしては海外版DVDを発注しようか迷っているところだが(フランス語ではなく英語だし……)、劇場で、または配信で解禁されるのも時間の問題な気がしているので、その際はぜひ飛びついてほしい。刹那的だが、人生を謳歌するライオンヘアーの彼らを見ていると、髪など切っている場合ではないのだ。

ミリ Miri
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ミリ (Barbican Estate)東京を拠点に活動するエクスペリメンタル / サイケデリック / ノーウェイヴ・バンドBarbican Estateのベース / ヴォーカル。ロック・パーティ「SUPERFUZZ」などでのDJ活動を経て2019年にバンドを結成。2020年3月、1st EP『Barbican Estate』を「Rhyming Slang」よりリリース。9月にはヒロ杉山率いるアート・ユニット「Enlightenment」とのコラボレーションによるMV「Gravity of the Sun」で注目を浴びる。同年10月からシングル3部作『White Jazz』『Obsessed』『The Innocent One』を3ヶ月連続リリース。

明治学院大学芸術学科卒。主にヨーロッパ映画を研究。好きな作家はヴィム・ヴェンダース。