Review | 丹下健三『草月会館』


文・撮影 | ミリ (Barbican Estate)

Photo ©ミリ
古代メソポタミアのジッグラトを思わせる、イサム・ノグチの石庭『天国』。
Barbican Estate『Barbican Estate』
Barbican Estate『Barbican Estate』 | 2020
 私のバンドBarbican Estateが最初のEP『Barbican Estate』(2020)をリリースしてから、この3月で1年が経った。リリース後数ヶ月は失われた時であったから、制作はつい昨日のことのようにも感じるし、長い期間一緒にいた作品のようにも思う。Barbican Estateというバンド名は、英ロンドンのBarbicanにある、ブルータル建築で有名な公営住宅にちなんでいる。そこで最初の作品のジャケットには、特別な力のある建造物を配置したいと思い、1964年に竣工した丹下健三の設計による『東京カテドラル聖マリア大聖堂(カトリック関口教会)』を選んだ。

 東京カテドラル聖マリア大聖堂と同年の竣工の、丹下の最高傑作である国立代々木競技場体育館や、そびえ立つあの東京都庁舎など、ありがたいことに私たちの暮らしには丹下建築が身近にあるが、今回は私のテリトリーの中で特別に気に入っている『草月会館』を紹介したい。青山一丁目駅から徒歩5分ほど、都心基準では森にも匹敵する赤坂御用地の奥深い緑を臨む土地に建つ草月会館は、1927年に初代家元勅使河原蒼風によって創流された「いけばな草月流」の総本部である。旧草月会館は丹下による設計で1958年に開館、草月流の創流50周年を記念した1977年に現在の姿に再建された。

Photo ©ミリ
正面から入館すると普通の四角いビルのようだが、航空写真でみると3つの台形から成る草月会館。その境目で上を見上げると東京カテドラル聖マリア大聖堂(カトリック関口教会)の尖塔部を思い出させる。

 総ミラーガラスのその建物は、モダン故に現在ではよく見かけるオフィスビルのひとつとして素通りしてしまいがちだが、一歩中に踏み入れるとロビーにはイサム・ノグチによる石庭『天国』(1978)が現れる。石庭と言うと、何やら枯山水庭園のようなものを想像するが、ノグチのそれはむしろ古代メソポタミアのジッグラトのような階段式の巨大建造物のようなのだ。つまり丹下による超モダンなガラス張りのビルの中に、ノグチの石造りの建物の一部が内包されているということだ。両者は一見非常に無機質で暴力的なようだが、一面のミラーガラスは赤坂御所及び、隣接する高橋是清翁記念公園の緑を完全に写し込み、室内にいると内外の境界線の感覚を失うほどだ。石庭『天国』はただの石階段ではなく、上から下へと複雑な水路が張られ、流れ落ちる水のせせらぎが聞こえる。いつでも花を生けることができる仕組みで、そこには“生”がある。

Photo ©ミリ
イサム・ノグチ『天国』の階段、最上階から談話室を望む。

 初代家元勅使河原蒼風は丹下の設計案が完成した後に、ロビーにおけるアート作品をノグチに依頼したとのことで、ふたつの融合は当初の計画にはない偶然だったようだ。丹下の名を世界に広めた1954年完成の広島平和記念公園のプロジェクトでは、丹下の強い依頼でノグチも参加し、公園の中心に位置する慰霊堂及び慰霊碑を設計することになっていた。しかし彼が日系アメリカ人であることを理由に参加を拒否されたと言われているので、23年ぶりとなる草月会館での邂逅は、丹下を喜ばせたことだろう。実際に一時期丹下の設計事務所は草月会館内に所在していた。

Photo ©ミリ
草月会館内中2階、談話室のエーロ・サーリネン『チューリップ・チェア』 。「nendo」オリジナルの塗装が施されている。

 草月会館の中2階にある談話室には、建築家にしてプロダクトデザイナー、エーロ・サーリネンの『チューリップ・チェア』と、同コレクションのラウンドテーブルが使用されている。インテリア・ファンには永遠の憧れでもある名作家具だが、現在設置されているのはなんと1977年の竣工時のものだという。草月会館内に本社を構え、同じく2階のカフェを運営するデザインチーム「nendo」が、もともと白だったそれに黒いマット塗装をかけ、丹下による建物の外壁と呼応するブラックミラーのガラス天板を貼り直している!私は自宅でチューリップ・チェアを使用しているが、残念ながらリプロダクト品(ジェネリック家具)で、一脚のみなので、中2階という空間も相まったこの小宇宙で40年以上も前のサーリネンの椅子に座ってコーヒーを飲める幸せに、行くたびに打ち震えてしまう。


阿部公房原作、勅使河原宏監督『他人の顔』(1966)。かのラストシーンは旧草月会館前で撮影されており、貴重な当時の建物の姿を見ることができる。

 さらに忘れてはならないのが、地下1階の草月ホールの存在だ。私は未だ足を踏み入れたことが無いのだが、その530席の多目的ホールも、もちろん丹下の設計によるものだ。壁面には三代目家元勅使河原宏の陶板が施されているらしい。旧草月会館時代にここでは勅使河原宏によって、かの「草月アートセンター」が機能していた。勅使河原宏の新作映画の試写はもちろん、「草月シネマテーク」でのプログラムは私にとって夢のようなものばかりだ。例えば第1回「草月実験映画祭」(1967)では先で触れたヌーヴェル・ヴァーグのポスト世代、ジャン・ユスターシュの『サンタクロースの眼は青い』(1966)のいち早い上映に成功している。寺山修司「天井桟敷」はじめ、演劇公演は頻繁に行われ、黒川紀章、横尾忠則、粟津 潔、松本俊夫ら一流の文化人による「Expose’68 なにかいってくれ いまさがす」(1968)などの分野をクロスオーバーしたシンポジウムも開催されている。また音楽では、ヤニス・クセナキスの「実験音楽会」(1961)、果てはエクスペリメンタル音楽界のみならずアート界全体を震撼させた歴史的公演「ジョン・ケージとデービッド・テュードア演奏会」(1962)も草月ホールでの演目だ。

 ここでは紹介できないほどの文化活動が草月アートセンターが解散する1971年まで、丹下の箱、草月会館で催された。私の先月の記事ではアンディ・ウォーホルのファクトリーにも少し言及したが、60年代の錚々たる芸術家たちの共演、もはや大乱闘を回顧すると、草月会館こそアンダーグラウンド芸術の聖地、東京におけるファクトリーだと思えてならない。緑に包まれるチル・スポットであると同時に、前衛芸術家たちのある種、霊魂のようなものが漂う「草月会館」をぜひ訪れてみてほしい。

ミリ Miri
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ミリ (Barbican Estate)東京を拠点に活動するエクスペリメンタル / サイケデリック / ノーウェイヴ・バンドBarbican Estateのベース / ヴォーカル。ロック・パーティ「SUPERFUZZ」などでのDJ活動を経て2019年にバンドを結成。2020年3月、1st EP『Barbican Estate』を「Rhyming Slang」よりリリース。9月にはヒロ杉山率いるアート・ユニット「Enlightenment」とのコラボレーションによるMV「Gravity of the Sun」で注目を浴びる。同年10月からシングル3部作『White Jazz』『Obsessed』『The Innocent One』を3ヶ月連続リリース。今年3月19日にLana Del Reyのカヴァー「Venice Bitch」をYouTubeとIGTVで公開。

明治学院大学芸術学科卒。主にヨーロッパ映画を研究。好きな作家はヴィム・ヴェンダース。