Review | 黒川紀章『カプセルハウスK』


文・撮影 | ミリ (Barbican Estate)

 みなさんには探し求めている謎の場所、というものがあるだろうか。それは秘密結社のロッジかもしれないし、社会主義国家の巨大地下遊園地かもしれない。だが現在はインターネットがどんな僻地でも最短の行き方を指し示し、所在が簡単にわかる。謎がさほど謎ではなくなり、魅力を失ってしまっているものも少なくない。しかしこの情報社会においても、私はどうしてもその場所を割り出せないものがあった。それは1973年に黒川紀章が別荘のモデルハウスとして建てた『カプセルハウスK』。そう、1972年に竣工した「メタボリズム建築」の巨塔、『中銀カプセルタワービル(Nakagin Capsule Tower)』の進化形である。

 『カプセルハウスK』を知ったのは、私が『中銀カプセルタワービル』で暮らした2019年頃だ(このときのレポートはぜひ以前の記事を読んでほしい)。長年のカプセル・オーナーのかたがたのひとりが『カプセルハウスK』を訪問したブログを読み、あの奇妙すぎる建築物に亜種が存在することに大変驚いた。それは長野県軽井沢の別荘地近郊にあるという情報のみ開示されており、私はその姿をひと目見に行くためGoogle Mapの航空写真で軽井沢の森上空から『カプセルハウスK』を探し続けたが、ついに自身では発見することができなかった。さらに軽井沢に別荘を持つセレブや長野県民に出会うたびに『カプセルハウスK』の情報を聞いていたが、不審がられるばかりだった。そうして私の中で『カプセルハウスK』はほとんど都市伝説的に近い謎の存在になり、もう既に取り壊されているのではないか、本当にあるのだろうかと疑念もあった。

 そんな矢先、人手に渡っていた『カプセルハウスK』を黒川紀章のご子息である黒川未来夫さんが買い戻し、宿泊施設として機能させるべく修繕するため、クラウドファンディングを実施するというニュースが飛び込んできた。微力ながら私はこれをサポートしたことで、なんと今回『カプセルハウスK』を見学させてもらうことができた!!

Photo ©ミリ
屋上部分に到着。この煙突とBBQもできる広場は、結局Google Mapでは見えないそう!今や周りには1軒の建物もない深い森に突如現れる『カプセルハウスK』。

 未来夫さんとの待ち合わせの場所は、軽井沢町の大通りから車で森に入っていくこと約15分の別荘地帯の管理棟の前だった。都心から近い避暑地であり、地盤が固く地震の被害が少ない軽井沢には、ビル・ゲイツの巨大別荘もあるという噂だし、さすが、森の中にも立派なお宅が点在している。しかし『カプセルハウスK』のある別荘地一帯は、バブル全盛期こそ300軒程の家々があったが、現在はその約10分の1しかないらしく、人気の感じられないほぼ手つかずの森であった。未来夫さんの車に先導されて向かった『カプセルハウスK』への道のりはいよいよ険しい急斜面で、動物の住処になっていそうな廃屋も見られた。

 『カプセルハウスK』は斜面に建っているため、車ではその屋上に当たる部分に到着。未来夫さんの案内で建物の全景を臨める脇道に連れて行ってもらうと、伝説と思えた『カプセルハウスK』が現れ、それが確かに存在する事実に心底興奮した。写真の通り木々の間から建物が見えているが、つい数週間前まで木々はもっと生い茂っており、未来夫さんご自身が斜面を転がり落ちつつも景観のため伐採されたそうだ。

 『中銀カプセルタワービル』との最も大きな違いは、外壁の色だろう。『カプセルハウスK』の4つのカプセルは茶褐色のコールテン鋼素材で覆われ、約50年間の雨風が光沢を持つ不思議で美しいストライプのパターンを作り出していた。コールテン鋼とはある一定の錆で止まり、腐食が内部に進まない鋼材で、実は黒川紀章は『中銀カプセルタワービル』でもこれを使用したかったそうだが、結局『中銀』は東京湾の潮風が懸念されたため白色に塗装された鋼材になった。思い返すと、『中銀』のツインタワーにおけるふたつの尖塔がこのコールテン鋼だ。屋上はその変色や剥離や激しく、相当ホラーな光景であったから、140戸のカプセル全てがコールテン鋼だった場合を想像すると恐ろしい。

Photo ©ミリ
黒川紀章のイメージからは遠いウッディであたたかなコア部分のリビングルーム。そこから突如宇宙船カプセルが生えている異様さ。

 門をくぐると、まずは建物のコア部分にあたるリビングルームに入る。なんとリビングルームの内装は木をふんだんに使用した、所謂70年代の別荘のイメージ=ログハウスの趣だ。その幹から、宇宙船カプセルが突如にょきにょきと生えているなど、誰が想像できるだろう。リビングから時計回りに段差を付けて4つのカプセルを回遊できるようになっており、それぞれ『中銀カプセルタワービル』と同じサイズ(幅2.5m、奥行4m、高さ2.2m)の立方体、「厨房カプセル」「寝室カプセル2」「寝室カプセル1」「茶室カプセル」がジョイントしている。私が借りた『中銀』のカプセルは「寝室カプセル1」とほぼ同じ間取りで、オリジナルの戸棚などが懐かしかったが、ここではその専用什器に埋め込まれた『中銀』分譲時のオプションでもあるSonyのテレビ、ステレオカセットデッキ、FM / AMレシーバーなどがほぼ完璧な状態で揃う、なんとも贅沢なカプセルだ(現在これらは動いていないが、近く実際に使えるように修理予定とのこと)。

 また特徴的なのは「厨房カプセル」以外の3つのカプセルの丸窓がドーム状に突起している点だ。『中銀』でも窓枠に腰かけることはできたが、『カプセルハウスK』はより宙に(ここでは森に)浮かぶように外界を感じることができる。黒川は当初『中銀』のカプセルにもアクリル製の同様の窓を考えていたが、都心の消防法上これも頓挫したという。

Photo ©ミリ
「厨房カプセル」のみ丸窓ではない。作り付けのキッチンは竣工時のまま。
Photo ©ミリ
「寝室カプセル2」。ドーム状の窓はよりSF感を演出している。『中銀』のカプセルとの細かな違いは、照明の数が挙げられる。『中銀』はひとつのみで確かに生活するのに少々暗かったので3つに増やしたのだろうか。
Photo ©ミリ
「寝室カプセル1」。『中銀』のカプセル販売時のオプションがほとんど綺麗な状態でセットされている。テーブルと椅子は97年の改装時に入れたドイツのTHONET(トーネット)社のもの。THONETは大量生産の曲木家具で有名だが、バウハウスとのコラボレーションにも積極的で、マルセル・ブロイヤーらと鉄パイプを曲げたモダンなプロダクトも多く製作した。これらは黒川の精神とリンクし、彼は木を貴重としたリビングには曲木のダイニングチェアやロッキングチェアを、カプセルには鉄パイプの家具を入れた。
Photo ©ミリ
「茶室カプセル」。通常カプセルのユニットバスがないぶん、奥に「水屋」が設けられている。崖に面しているので実際の出入りはほぼ不可能だが躙り口サイズの窓もある。黒川の名古屋の実家には茶室があり、幼少期の彼の勉強部屋だったそうだ。電気のないその部屋で、風や鳥の音を聞いて過ごした記憶、室内なのに外のような空間が、もしかするとカプセルその物の出発点なのかもしれない。

 玄関脇の丸太の螺旋階段を下っていくと、コア部分地下1階の「遊技室」に出る。元々モデルハウスとして建てられた『カプセルハウスK』は、黒川事務所の社員も使用し、広々とした地下空間でダーツをしたり、アトリエとして制作が行われた。1997年に改修した際は黒川自身の寝室となり、キングサイズのベッドが運び込まれた。ここはカプセルの形態こそとられていないがカプセルを巨大化したような空間で、床から天井までいっぱいの丸窓は直径2.4mもある。私たちが訪れた日、山の麓は晴れ渡っていたが、山の中腹部『カプセルハウスK』にいる間にも何度も激しい雨が降っては通り過ぎていった。巨大な丸窓からは雨水を浴びて光り輝く植物が見え、この中で目が覚めたらさぞ幸せだろうと思った。もっとも、夜間にこの部屋の電気をつけていると、丸窓はすぐに天然の昆虫標本と化すそうだが……。

Photo ©ミリ
コア部分B1Fの「遊戯室」。2.4mの丸窓の真上にはふたつの「寝室カプセル」が飛び出しているが、晴れた瞬間の光が美しい。『カプセルハウスK』は鉄筋コンクリートと鉄骨なので、周辺の木造別荘に比べて外観を保っているが、未来夫さん曰く湿気と虫との闘いだそうだ。

 『中銀カプセルタワービル』はスペース・ポッドを積み上げた巨塔、あるいは銀座8丁目へ飛来した巨大な宇宙船のようであるのに対し、『カプセルハウスK』は深い森に不時着したまま打ち捨てられた未確認飛行物体のようだ。それは『中銀』とは異なりカプセルの傷みが少ないため、今日まで特段交換する必要もなかったが、年月を重ねて自然に組み込まれ、本当意味の細胞として「メタボリズム」= “新陳代謝”を体現していた。2022年ついに取り壊しが決まってしまった『中銀カプセルタワービル』は、戦後日本においては早すぎた建築デザインだったと言え、黒川紀章は常に未来を予測していた人として語られるが、実は『中銀カプセルタワービル』の翌年、『カプセルハウスK』では『中銀』でできなかったことを実現しつつ、彼自身は既に自然的なものや幼少期の記憶へと回帰していたことがわかった。

 事実『カプセルハウスK』に行き一番嬉しかったのは、個人の小宇宙であるカプセルを出てすぐに、ウッディでぬくもりのあるリビングルームで、未来夫さんと、お手伝いでいらしていた『中銀』の住人としてテレビやジン『中銀カプセルタワービルデイズ①』でも人気のDJ、声さんと一緒にお茶を飲みながら建築についてお話した時間だった。『中銀』のカプセルでひとり暮らしをしていた時には絶対に味わえなかった、実家のような安心感があり、私は当初の都市伝説的なものへの興味・目的は忘れていたように思う。『カプセルハウスK』は家族団らんのための実家の究極形だ。宿泊施設としてオープンした折には、またみんなで訪れたい。

Photo ©ミリ

株式会社MIRAI KUROKAWA DESIGN STUDIO / 工学院大学建築学部 鈴木敏彦研究室「カプセル建築プロジェクト」 Official Site | https://capsule-architecture.com/
「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」 Official Site | https://www.nakagincapsuletower.com/
声『中銀カプセルタワービルデイズ①』 | 東京キララ社 | https://www.tokyokirara.com/items/43173451
ミリ Miri
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ミリ (Barbican Estate)東京を拠点に活動するエクスペリメンタル / サイケデリック / ノーウェイヴ・バンドBarbican Estateのベース / ヴォーカル。ロック・パーティ「SUPERFUZZ」などでのDJ活動を経て2019年にバンドを結成。2020年3月、1st EP『Barbican Estate』を「Rhyming Slang」よりリリース。9月にはヒロ杉山率いるアート・ユニット「Enlightenment」とのコラボレーションによるMV「Gravity of the Sun」で注目を浴びる。同年10月からシングル3部作『White Jazz』『Obsessed』『The Innocent One』を3ヶ月連続リリース。今年3月19日にLana Del Reyのカヴァー「Venice Bitch」をYouTubeとIGTVで公開。4月9日に「The Innocent One」のMVを公開。

明治学院大学芸術学科卒。主にヨーロッパ映画を研究。好きな作家はヴィム・ヴェンダース。