Column | Screen Surfing March 2021『はじまりのうた』


By Half Mile Beach Club

Introduction

文 | Mafuyu (Guitar)

 毎月1本の映画をテーマ作品としてチョイスし、その映画に因んだ音楽プレイリスト、特製シネマカクテルのレシピなど、HMBCメンバーによるレコメンド・テキストと一緒に掲載する“Screen Surfing”。第9回目の今回は『はじまりのうた』をテーマに、映画の紹介、作品をイメージしたメンバー選曲の楽曲プレイリスト、特製シネマカクテルのレシピをお送りします。

 『はじまりのうた』は、ニューヨークを舞台にインディペンデントで活動するミュージシャンにスポットを当てた、ジョン・カーニー監督の音楽映画です。2015年に日本でも公開され、我々が逗子で開催しているイベント「Half Mile Beach Club」でも野外上映を行い、多くのお客様に来場していただきました。10年代には記憶に残る音楽映画は何本かありますが、なかでもフェイヴァリットとして名前の挙がることが多い作品だと思います。本作をイメージして作られた特製シネマカクテルと、作品に因んだプレイリストと一緒にぜひお楽しみください。

今月の作品『はじまりのうた』

文 | Shin (DJ)

 今回ご紹介する映画なんですが、素敵~の一言に尽きる映画です(笑)。何から何まで素敵過ぎてそのポイントを書き連ねたいので、今回は前置きなしですぐ紹介しちゃいます。今月は『はじまりのうた』!

 イギリスから米ニューヨークにやってきたシンガー・ソングライターのグレタは、同じくミュージシャンの恋人のデイヴにフラれ、失意の中、場末のバーで独り弾き語りライヴを行っていた。その曲を耳にした音楽プロデューサーのダンは彼女にCDデビューの話を持ちかける。しかし、彼は実は落ち目のプロデューサーで資金もろくに持っていないため、ニューヨークの街中でゲリラ・レコーディングをしようとする。以上が本作のストーリー!以下、本作の素敵ポイントですっ(何故か急いだ感じで)。

 素敵ポイントその1、監督がジョン・カーニー。彼は『ONCE ダブリンの街角で』『シング・ストリート 未来へのうた』など、音楽映画の監督として非常に有名ですね。最近では「Amzon Prime」オリジナルのドラマ『モダン・ラブ ~今日もNYの街角で~』でも話題になりました。彼の作風の持ち味といえば、手持ちカメラによるドキュメンタリー・タッチなカメラ・ワーク、キャラクターの魅力を最大限に生かす脚本、そして音楽への深い愛。特にカメラ・ワークに関してはリアリティを追求しながらも突然そこから飛躍した、音楽の魔法を表現するような、トリッキーなショットを入れるのはカーニー監督の十八番。本作では冒頭のグレタの弾き語りのライヴ・シーンがそれです。実際にはグレタがひとりで歌っているシーンなのですが、それをダンの視点から同じシーンを見る時には……。ドラムが入り、ピアノが鳴り、ストリングスが響き渡る。ステージにはグレタひとりだが、「ダンにはこう聴こえている」という映画としての見せ方が素晴らしい。さらには、映画業界に入る前にミュージシャンとしての経歴があり、その経験を生かした優れた脚本家でもあるという、そんなジョン・カーニーの類い稀なる才能が味わえる1本となっています。

 素敵ポイントその2、キャラクターが素敵。この映画を観た方なら、キャラクターが魅力的ということは誰も否定できないのではないでしょうか。グレタを演じたキーラ・ナイトレイは実際にギター演奏を習得し、本人による歌唱が話題になりました。本作のキーラの歌声は素晴らしいのですが、それ以上に僕が個人的に良いなと思うのが歌う時の“表情”です。キーラの顔の骨格(特に顎から首にかけてのライン)が一番綺麗に映るのが歌ってる時なんです。きっとこんなことを書いたら劇中のグレンには「外見は関係ない」と言われてしまいそうではありますが(笑)。そのキーラ・ナイトレイ、マーク・ラファロをキャストの柱にして、脇には大御所のキャサリン・キーナー、若手のヘイリー・スタインフェルド。そしてテレビ業界からジェームズ・コーデン、音楽業界からヒップホップの大御所、モス・デフとシーロー・グリーン、そしてロック・バンド、マルーン5のヴォーカリスト、アダム・ラヴィーン。なんだこのスーパー・バンドなキャスティングは……。特筆すべきは、本業が役者ではないキャストたちですね。チョイ役ゲスト出演枠には収まらず、それぞれがそれぞれのイメージ通りに、あるいは逆手に取った役柄で出演しているのもおもしろいです。例えばシーロー・グリーンは出てきて早々にフリー・スタイルのラップを披露して、何かと手を繋ぎたがったり、人への感謝を忘れない、成り上がり系ギャングスタのスウィートな面を体現したかのようなキャラクターで登場。オモシロキャラとして登場したのかと思えば、実は物語的には重要な役割を担っているという配置、よく考えられてキャスティングされているなあ。

 素敵ポイントその3、アダム・ラヴィーンの評価を著しく上げたこと。マルーン5には特に思い入れのない僕の身からすると、「ハイハイ、みんな好きなんだよね、ハイハイ」といった半笑い視点でみてました(単純に失礼)。しかし実際映画を観てみると、映画序盤では垢抜けてないインディ・アーティスト感が妙にダサい。そしてメジャーに売り出し中のミュージシャンへの過程ではチョビヒゲを生やし、そして一躍スターダムを駆け上った彼はヒゲをボウボウに生やしてさらにダサい……。けどそのダサさはこっちが想像していたダサさの斜め上をいく感じがするんですよね……。つまり「半笑い感がある」という評価を自覚した“ダサい俺”を出した演技をしているんです。それを踏まえているのといないのとでは、大きく違う。こっちが逆に申し訳ない気持ちになるんです。「あ、知りもしないであなたのこと嫌いとか言ってごめん」って感じ(笑)。そんなダサいアダム・ラヴィーンを全面に出し切ったあと、彼が映画の終盤にみせる、それら全部ひっくり返すような圧巻のパフォーマンスは感動の一言しか出ないわけで。本作のサントラでもアダム・ラヴィーンの曲が収録されているんですけど、もうこれが最高!昔は彼の甲高い歌声が大ッ嫌いでしたが、この映画を観た後では、その歌声に惚れ惚れです。

 素敵ポイントその4、音楽映画の皮を被った“負け犬達のONCE AGAIN”モノであること。この映画は音楽映画と括られがちですが、一度人生に挫折した人が再起を図る内容です。映画序盤の時のダンはホームレスに間違われる程のみすぼらしい格好で、酒に溺れ、元妻にも娘からも嫌われ、仕事までなくしていた。グレタと出会った時も「地下鉄で自殺しようかと考えてた」なんて言っていました。そしてグレタもイギリスから遥々ニューヨークに来たものの、彼氏でミュージシャンのデイヴが浮気したもんだから、旧友のジェイムズ・コーデンの家で寝泊まりしながら、自堕落な生活を送っていた模様。グレタが歌う劇中歌はどれも失恋ソングですし、口では強いことを言っても、実際は泣き叫びたいほどに苦しんでいる。そして実はこのふたりが同じ傷を抱えていることが分かる中盤のくだり。ふたりがバーを飛び出して口論するA.K.A. “心からの会話”シーンを経て、ふたりの絆はより強まり、より直向きに、前を向いて目の前の創作活動を行うことになります。そもそもこの映画の原題がそのそもズバリ『BEGIN AGAIN』。セカンド・チャンスに賭ける人々の映画としても優れた1本になっています。

 素敵ポイントその5、音楽を聴く、あるいは音楽を弾く楽しさいっぱい。本作は素敵バンド演奏シーンだらけなんですけど、終盤の屋上での演奏シーンが一番の白眉ではないでしょうか。遂にダンの娘のバイオレットもバンドに加わり、ギターソロに入った瞬間の高揚感と言ったらもうそれはそれは……。本人たちも盛り上がっちゃって、バイオレットがギター・ソロを弾き始めた途端、グレタはヴォーカル・マイクから離れてギター・アンプをいじってヴォリュームをデカくしちゃってさあ。あの感覚って一度でもバンドや音楽をやったことがある人は共感できるんじゃないかな。「オマエ、今スゲーいいぞ!ってか私たち今この瞬間、スゲーノってる!」って感覚。演奏する楽しさはもちろん、聴くことの素晴らしさについても描かれています。その感覚は劇中のダンのセリフで語られます。グレタとダンがニューヨークの街中をふたりでイヤホンをシェアながら散歩するシーン(ドライブで音楽を聴くのではなく、散歩ってのはけっこうポイント高い)。

 「音楽には魔法がある。平凡な風景が光り輝く真珠に変わり全てが輝く」
 これって結構真理で、良い音楽聴いてるだけでみんなけっこう幸せな気持ちになりませんか?バカみたいですけど、この映画で流れる音楽って全部いいんですよね。何がいいって言われてもよくわかりません。メロディも良いし、演奏も、アレンジも、歌詞も、パフォーマンスも、全部。いい。この映画の音楽を聴くと無条件に「なんかいいなあ~」って感じでニヤけてしまうというか。その感覚の要因は何かというと……次のポイントです。

 素敵ポイントその6、総じて映画から伝わる雰囲気が楽しそう。この映画の何が良いって、全員が楽しそうなところ。例えば、グレタがプールに入りたがらず、ダンから「彼女はお堅いイギリス人だから」とジョークを言った時のグレタの一端間を置いて素で笑いが込み上げてきちゃったあの感じ(演じるキーラはイギリス人)。あるいは、路地でのレコーディングの際に近くで遊ぶ子供達に「うるさい!5ドルやるから他所へ行ってくれ!タバコもやるから、頼むからどっかいけ!あ、ところで君ら歌える?」と話しかけるシーンの、このセリフと編集のリズム感から感じるのは制作陣のグルーヴ。映画全体のリズムも、キャストもスタッフもリズムがノってきてる感が映画の中盤辺りから感じられるんです。結論は“楽しそうなのが映画の画面からあふれ出ちゃってる”ってことなんですよねえ。それは即ち音楽を弾く楽しみや聴いてシェアする楽しみ、人の優しさに触れた時の感動、あるいは失恋の悲しい思い出すら笑って歌にする前向きさ。そういったポジティヴな感情が映画という枠組みからはみ出しちゃってるんです。実際撮影現場は終始リラックスしたピースフルなムードだったようで、その空気感まで感じ取れるのは映画の魔法とも言えるのではないでしょうか。

 本来はこの“素敵ポイント”は16個ありましたが(多過ぎ)、書き切れないのでこのへんで。最早解説でも評論でも何でもない、ただ好きな映画の好きなところを挙げただけですが、この熱量をぜひ皆さんにも感じて欲しいです。オススメです!

Cinema Cocktail

文 | Ryo (Bartender)
写真 | Reina Watanabe (Photographer)

はじまりのうた Begin AgainScreen Surfing March 2021 『はじまりのうた』 | Photo ©Reina Watanabe[材料]
ジン(タンカレー NO.10) 30ml / トニック・ウォーター 適量 / フレッシュ夏みかんジュース 45ml / ライムピール 1カット / 夏みかん 1カット

[手順]
01. 夏みかん(分量外)を搾って細かい網でこす
02. ロンググラスに氷を詰める
03. ジンを注ぐ
04. トニック・ウォーターを注ぐ
05. 絞った夏みかんジュースを注ぐ
06. ステアする
07. ライムピールの油分を軽く振りかける
08. 飾りの夏みかんをそえる

 今回使用するのは我々Half Mile Beach Clubが活動拠点としている神奈川県逗子市のシネマ・カフェ「CINEMA AMIGO」の庭先に生っている夏みかんを使ったカクテルです。夏のイベントにご来場いただいたかたはスクリーン脇に見たことがあるかもしれませんね!夏みかんはその名前から夏に実る果実かと思われがちですが、「冬に実った果実が年を越して、翌年の夏が食べ頃になる」のが由来です。使用するジンはイギリスのタンカレーシリーズの高級品『NO.10』。爽やかな柑橘系のボタニカルが特徴で、夏蜜柑の味わいにも負けない力強い芯のあるジンです。ちなみに名前の由来は、蒸留所の10番目のスチールポットで蒸留されることから。

 こちらのカクテルを作る際のポイントは、「夏みかんを搾り過ぎないこと」です。ジューサーなどで完全に搾りきろうとすると皮の部分の苦みやエグみも出てしまうので、少しだけ余裕をもって優しく搾ることを心掛けましょう。そして仕上げのライムピール!皮の部分の油分を振りかけることでお酒特有の苦みを消し、見事なまでの風味と調和をもたらします。こちらも力いっぱいかけ過ぎると苦みが強くなってしまうので注意が必要です。夏みかんのスカッとする酸味と『NO.10』のしっかりとした味わいをお楽しみください。

Screen Surfing March 2021 『はじまりのうた』 | Photo ©Reina Watanabe

Playlist for the Movie

文 | Yama (Vocal)

 ミュージシャンである自分にとって永遠のテーマ、それは「良い音楽が生まれる秘訣とは一体なんだろうか」ってこと。優れたメロディー?卓越した演奏?高価な楽器や録音機材?もちろんそれらも重要だけど、一番大切なのは音楽に“グッドヴァイブス”が宿ってるかどうかでしょ?この映画は見る度、そんな気分にさせてくれます。

 音楽に限らず、良いムードで人と人が物作りすること、プロセスを楽しむことって侮っちゃいけない。そこには人間のポテンシャルを開花させる“魔法”があるんですよね。本作はキーラ・ナイトレイの存在感に満ちた歌声とニューヨークの街中で演奏される素晴らしい楽曲達が圧倒的な説得力でこの魔法を物語ってくれてる!いや~監督のジョン・カーニーさんの音楽愛が本当に心地よい。

 音楽愛という点でもうひとつ、この映画は「恋人に作った歌を聞いてもらう」「親子でセッションする」「同じ曲を聞きながら街を散歩する」など、いろんなカタチで“音楽を人とシェアする喜び”、プリミティブな音楽の魅力が雄弁に描かれているのもポイント。いやはや、実に良くできた音楽映画。

 ということで今回プレイリストは劇中でグレタ(キーラ・ナイトレイ)とダン(マーク・ラファロ)が互いのプレイリストをシェアしながら夜のニューヨークを散歩するシーンをモチーフとしたプレイリストをお届け。ようやっと暖かくなってきた今日この頃、これを聴いてちょっとした夜の散歩なんていかがでしょう?

Post Script

 今回は『はじまりのうた』をご紹介しました。本作は音楽映画としての厚みはもちろん、互いに人生のどん底で出会い、写し鏡のように気づきを与え合いながら、人生と夢を“Begin Again”していく、そんなグレタとダンのロマンスも魅力のひとつだと思います。お互いの人間性や音楽を巡る才能に信頼を置きながらも、プラトニックなまま関係を築き上げていくふたりの姿は、切なくも前向きな気持ちにさせてくれる感動がありました。ドラマ作品『モダン・ラブ ~今日もNYの街角で~』などもしかりですが、“愛情の形は人それぞれ”という揺るがない事実を、その切なさや楽しさも込みで肯定してくれるカーニー監督の優しい視点。『はじまりのうた』は、素晴らしいサウンド・トラックと愛さずにはいられない主要キャラクターとニューヨークの街並みと共に、それを堪能できる作品だと思います。それでは、また来月お会いしましょう。

Half Mile Beach Club ハーフ・マイル・ビーチ・クラブ
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https://www.half-mile-beach.com/

2013年結成。神奈川・逗子を拠点に活動する音楽プロジェクト。拠点の逗子にて、映画上映とライヴからなるイベント「Half Mile Beach Club」を主催。主催メンバーはバンド形態での音楽活動をはじめ、DJ、写真、オリジナル・カクテルの作成など多岐に渡り活動中。主催イベントにはこれまで、DYGL、iri、jan and naomi、maco marets、marter、Maika Loubté、Yogee New Waves、けものなど様々なアーティストが出演。またバンドとしては2018年に1st EP『Hasta La Vista』、2019年に1stアルバム『Be Built, Then Lost』をリリース。2020年10月に目下最新シングル『Surf Away』をリリース。