Column | Screen Surfing November 2020『500ページの夢の束』


By Half Mile Beach Club

Introduction

文 | Mafuyu (Guitar)

 毎月1本の映画をテーマ作品としてチョイスし、その映画に因んだ音楽プレイリスト、特製シネマカクテルのレシピなど、HMBCメンバーによるレコメンドテキストと一緒に掲載する“Screen Surfing”。

 第5回目となる今回は『500ページの夢の束』をテーマに、作品の紹介文、同作をイメージしたメンバー選曲による楽曲プレイリスト、特製シネマカクテルのレシピを掲載しています。

 今回ご紹介する『500ページの夢の束』(原題『Please Stand By』)は、熱狂的なファンが多いことで知られる“あの”SF作品を愛する、とあるヒロインの物語。ヒロインの真っ直ぐな作品への愛情、そして周囲の人々のヒロインに対する愛情が、可笑しくも愛おしく交差する、心温まるロードムーヴィーです。気温も下がり始め、落葉が目立ち始めた秋の終わり。甘いカクテルと穏やかなプレイリストと共にぜひ。

今月の作品『500ページの夢の束』

文 | Shin (DJ)

 僕はこの映画が大好きだ(突然過ぎ)!この映画は過去のHalf Mile Beach Clubのイベントで上映した作品だが、僕が当時観た映画の中で非常に心を打たれて猛プッシュしたことにより、上映が決まった作品でもある。その猛プッシュが行き過ぎてイベント初の映画解説トークショーまで行ってしまったほど。この映画を一言で表してしまえば、優しい!すんごい優しい視点を持った映画なんです。

 主人公は自閉症のウェンディ(ダコタ・ファニング)。彼女は人とのコミュニケーションが苦手で握手やハグはおろか、目を合わせて話すことも苦手。不安を感じると癇癪を起こしてしまい、そのことについて自分でも苦悩し、姉のオードリーも彼女には複雑な心境を抱いている。それでも自閉症のグループホームで共同生活し、スコッティのケアの元で懸命にひとり立ちの準備をしている。アルバイトの仕事はきっちりこなし、曜日ごとにお気に入りのセーターを着るというこだわりっぷりや、大好きな『スター・トレック』については右に出る者はいないくらいの知識量を持ち合わせている。そんなウェンディが『スター・トレック』の脚本コンテストに参加するために単身ハリウッドまで乗り込み、自作の長編脚本を届けに行くというのがこの映画。所謂ロードムーヴィーですね。

 この映画の素晴らしいところは自閉症を精神疾患的な病気として処理するのではなく、個性として描いている点。彼女が自閉症だからこれができない、あるいは自閉症だからこういった行動をする、といった描き方をこの映画は一切していない。彼女の振る舞いや行動はあくまで彼女が「ただそういう人だから!」という個人の性格、個性という範囲でのみ描かれていく。そしてよく観ると個性的なのは彼女だけではない。スコッティの息子のジャックは何度も学校をサボっていて何か問題を抱えているようだが、それが何かは劇中で明かされない。彼女に良くしてくれたローズという婦人は自分の孫が彼女に似ていると伝える。そして『スター・トレック』好きの人々を指す通称“トレッキー”は職場のイケてなさそうなバイト仲間だけではない。ジャックもそうだし、病院のナースも、そしてロスの警官でさえ“トレッキー”だ。他人が普通に見える。あるいは自分だけ問題を抱えている。そう考えるのは当然だが本当はそんなことはなくて、問題を抱えていない人間などいない。そしてウェンディと同じように皆が何かそれぞれ自分だけの趣味を持っている。そして映画は最後の最後まで自閉症のウェンディを否定することもしない。そしてこの映画が「個性を大事にしよう!」というテーマを全面に押し出さずにひとりの女の子の1日のロードムーヴィーとしてサラッとエンタメ映画として成り立たせているのがものすごーくオトナ!

 そうしてもう1点この映画の優しい視点というのがございまして。それは“創作物”の描き方。ウェンディは困難に直面するたびに『スター・トレック』のセリフを頭の中で引用し、自分の言葉で物語を紡ぎ直すことで乗り越えていく。たかが映画、フィクションの創作物だろう、と思う人もいるかもしれない。けどそれは当の本人からするとそれ以上の心の支えでもある。映画のセリフや本の引用、好きなバンドの歌詞を頼りに1日を過ごす経験は誰にだってあるでしょう!自分が好きな映画、音楽、本、スポーツなど何でもいいですが至極乱暴な言葉でまとめてしまえば“趣味”というのは心の栄養だ。そして摂取した栄養は血となり肉となりその人を構成する大事な要素になっていく。それを否定される理由などどこにもない。誰かに否定されることはあっても“創作物”は決して自分のことを否定しないんです。他人と、ましてや家族とも目を合わせられない、手も触れられないウェンディ。そんな彼女が文字通りの“共通言語”でコミュニケーションを取れる相手と出会うシーンが後半用意されている。そのシーンはこの映画で最も笑えるシーンであると同時に涙腺が崩壊する一番の白眉だ。創作物は人を救うだけでなく、人と人を繋ぐこともできるのだと感じさせる優しさにあふれたシーンだ。

 そもそも普段のルーティーンから抜け出してハリウッドまで一人旅するというのは彼女にとって宇宙旅行並みに極めて困難なこと。何故そこまでして自作の脚本を応募したいのか。それが最後の最後に明かされる。彼女がそこまでして何を証明したかったのか。自分がいかに『スター・トレック』が好きか?それとも脚本家としての才能?世界中の“トレッキー”に自分の脚本を読んで欲しかったのか?根本の疑問に対する答えは問題を抱えて生きる全ての“普通の人”が望んでいる単純なことだったと明かされる。そこでもう目から涙が滝のように流れた。この映画を観たらきっと勇気をもらえるかもしれないし、優しい気持ちになれるかもしれない。けど確かなのは自分の好きなものはもっと好きになって良いんだ!と思える。そんな気持ちにさせてくれる映画です。

Cinema Cocktail

文 | Ryo (Bartender)
写真 | Reina Watanabe (Photographer)

Please Stand By 500ページの夢の束

[材料]
苺 3~4個 / サンジェルマン・エルダーフラワー 10ml / シャンパン 適量 / 砂糖(和三盆) 1~2tp / レモンジュース 10ml / ピンクペッパー(砕いたもの) 適量

[手順]
01. ミキサーに苺→サンジェルマン・エルダーフラワー→レモンジュース→和三盆の順に入れミキサーにかける
02. シャンパングラスにシャンパンを注ぐ
03. ミキサーにかけた苺をゆっくりとシャンパングラスに注ぐ
04. 軽くバースプーンでステアする
※ 砕いたピンクペッパーをスノースタイルにすると引き締まった風味に変わります

Screen Surfing October Screen Surfing November 2020『500ページの夢の束』 | Photo ©Reina Watanabe

 ダコタ・ファニングが『スター・トレック』が大好きな自閉症を抱える少女を演じ、ある思いを胸に500ページの脚本を届けるためハリウッドを目指す旅の中で、少しずつ変わっていく少女の姿を描いたハートフル・ストーリー。作中ではクリンゴン語など『スター・トレック』の小ネタも扱われ、『スター・トレック』ファンは思わずニヤリとしてしまう作品です。

 この季節が旬の苺とシャンパンのカクテル。苺とシャンパンの組み合わせは映画『プリティ・ウーマン』などでも劇中に登場します。苺はなるべく糖度の高いものがおススメです、砂糖もグラニュー糖や白糖ではなく和三盆を使用することで上品な甘みが味わえます。ミキサーにかけた苺をシャンパンに注ぐ際はバースプーンに這わせるようにゆっくりと注ぎましょう。苺の豊かな香りとシャンパンのさっぱりとした飲み口が特徴です。アルコール度数もそこまで高くなく、お酒の味が苦手な方にも飲みやすい味わいです。冬の夕暮れに一杯傾けてはいかがでしょうか?皆様の『長寿と繁栄を』願って!

Playlist for the Movie

文 | Yama (Vocal)

 今まで僕らのパーティ(Half Mile Beach Club)ではたくさんの映画を上映してきましたが、『500ページの夢の束』は特に印象深い映画です。当時、1stアルバムのレコーディング真っ最中でナーバスだった自分は、イベントで上映したこの作品にとても救われた記憶があります。改めて今回見直しましたが、このロードムーヴィーの風通しの良さと温かい余韻は自然と気持ちを前向きにしてくれるポジティヴなヴァイブスに満ちています。

 と、ついつい前置きが長くなってしまいましたが、本作の視点を「音楽」にフォーカスすると、主人公ウェンディがバイト仲間と互いのおすすめ曲をCD-Rに焼いて交換するチャーミングなやりとりが印象的でした。そこで今回は物語終盤でウェンディがバイト仲間にプレゼントした“ウェンディのクールミックス”をモチーフとしたプレイリストを作ってみようと。ウェンディが肌身離さず持ち歩いていたiPodにはどんな音楽が入ってたんだろう?と想像を膨らませてセレクト。図らずも、秋の夜長に相性良さそうなプレイリストに仕上がりましたんで、のんびりと楽しんでください。それではみなさま、長寿と繁栄を!

Post Script

 『500ページの夢の束』が思い出させてくれるのは、作品レビューでShinが書いているように「創作物は時に人を育て、時に人と人を繋げる」ということ。ヒロインであるウェンディの『スター・トレック』に対する深い愛情は、同時に周囲の人々への深い愛情とも紐づき、彼女の個性を彩り、彼女の居場所を見つけ、そして彼女の人生を導いていく。決して饒舌な作品ではないながら、ダコタ・ファニングの繊細な視線と挙動の演技が、ウェンディという複雑で多彩な女性を肌で感じさせ、映画好きなら一度は抱いたことがあるであろう「作品を介した人と人との繋がり」、その尊さと喜びを思い出させてくれます。この連載もそんな繋がりのきっかけになることを祈りつつ……また来月、お会いしましょう。Qapla’!

Half Mile Beach Club ハーフ・マイル・ビーチ・クラブ
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https://www.half-mile-beach.com/

2013年結成。神奈川・逗子を拠点に活動する音楽プロジェクト。拠点の逗子にて、映画上映とライヴからなるイベント「Half Mile Beach Club」を主催。主催メンバーはバンド形態での音楽活動をはじめ、DJ、写真、オリジナル・カクテルの作成など多岐に渡り活動中。主催イベントにはこれまで、DYGL、iri、jan and naomi、maco marets、marter、Maika Loubté、Yogee New Waves、けものなど様々なアーティストが出演。またバンドとしては2018年に1st EP『Hasta La Vista』、2019年に1stアルバム『Be Built, Then Lost』をリリース。今年10月に目下最新シングル『Surf Away』をリリース。