Column | Screen Surfing September 2020『ハーツ・ビート・ラウド』


By Half Mile Beach Club

Introduction

文 | Mafuyu (Guitar)

 毎月1本の映画をテーマ作品としてチョイスし、その映画にちなんだ音楽プレイリスト、特製シネマカクテルのレシピなど、HMBCメンバーによるレコメンド・テキストと一緒に掲載する“Screen Surfing”。

 第3回目となる今回は、ニューヨーク・ブルックリンに暮らす、音楽を愛する父娘を描いた『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』をテーマに、作品の紹介文、同作をイメージしたメンバー選曲による楽曲プレイリスト、特製シネマカクテルのレシピを掲載しています。

 例年夏に開催している「Half Mile Beach Club」は、今年はCOVID-19の影響により見送りましたが、記事を参考に各々の自宅にて、このささやかな“パーティ”を楽しんでいただけると嬉しいです。

今月の作品『ハーツ・ビート・ラウド』

文 | Shin (DJ)

 今回取り上げる映画は『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』です。主人公のフランクは、元バンドマンで今は中古レコードショップを営む中年オヤジ。妻を事故で亡くし一人娘のサムと暮らしている。そのサムといえば恋人のローズとの関係に悩みながらも、医学部に進学するために猛勉強中。思春期真っ只中のサムと、中年の危機状態のフランク。ふたりの唯一のコミュニケーションは夜中のジャム・セッション。サムが自分で書いた歌詞を歌い上げ、フランクはプロデューサー兼マルチ・プレイヤーとしてギターにベースにドラムと、様々な楽器を演奏してレコーディングをする。フランクはある日、娘と一緒にレコーディングした曲を衝動的にSpotifyにアップロードする。バンド名は“We’re Not A Band”。そこから音楽熱が高ぶる父親と、新たな進路に向かおうとしている娘との最後のひとときを描く。

 元バンドマンで飲んだくれ、それでいて好きな音楽について語らせたら相手をドン引きさせるまで語りつくすフランクは、紛れもなく僕らが好きなボンクラ野郎だ笑。しかし彼はボンクラ野郎ではあるが父親として娘の将来を心配する。娘のサムも同様に、自分が大学に進学した後の、独り身で金もロクにない父親の将来を心配する。この映画は“音楽映画”でありながら、“父娘映画”でもある。劇中フランクは何かある度に家でギターを手に取る。ルーパーやシンセを使って独りで黙々と。それは彼にとっては自己セラピーであり、娘との唯一のコミュニケーション・ツールでもある。フランクにとって、思春期真っ只中のサムとのコミュニケーションは楽器抜きでは難しい。楽器を通してなら娘と楽しい感情も、そして悲しい感情も共有できるから、彼は娘とのジャム・セッションの時間を大切にしている。アメリカ社会では高校を卒業して大学進学をするタイミングで子は親元を離れる。早く独り立ちしたい子供と、送り出す親の複雑な感情は、リチャード・リンクレイター監督の『6才のボクが、大人になるまで。』でも丁寧に描かれている。アメリカで親離れと子離れを題材にした映画が多いのは、アメリカのそうした背景も手伝ってだろう。フランクもサムが大学に進学する前の間、少しでもふたりの時間を、ジャム・セッションを大切にしようとする。そしてそれはお互いに自立するための父と娘の最後の時間でもある。本作の冒頭のショットは誰に始まり、エンディングのショットは誰で終わるのか。チェックしてみて下さい。

 劇中でサムはフランクに“私達はバンドじゃないわよ”と言った。それがそのままバンド名の“We’re Not a Band”になるのだが、確かにふたりはバンドではない。彼らは親子だ。ふたりが奏でる曲はミュージシャンとして演奏している訳ではなく、紛れもない親子の会話として演奏している。面と向かってはなかなか素直になれない親子でも、楽器を通してならお互いの感情をさらけ出せる。そんなふたりの親子関係は観ていてとても愛おしい。本作で劇伴と“We’re Not a Band”の曲を手がけたのは、キーガン・デウィット。彼が奏でるサウンドの特徴は登場人物を見守る我々観客に寄り添う様な、叙情的でまさに映画的な視点に満ちた優しいサウンド。映画のオリジナル曲と合わせて劇伴もサントラでぜひチェックして欲しい。

 あまり知られていないかもしれないが、本作の監督・ブレット・ヘイリーは今年になって2作も新作を公開した。Netfilix作品として2月に『最高に素晴らしいこと』、8月に『希望のカタマリ』。前者は心に傷を抱え自殺願望のある高校生の女の子と男の子が主人公。後者はいつも笑顔で愛嬌もあり、素晴らしい歌声の才能もあるが、母親とふたりでホームレス生活を送る高校生の女の子が主人公。どちらの作品も共通してティーンエイジャーが主人公ではあるが、とてもシリアスな問題を扱っているため、観るのには非常にエネルギーを使う。両作は心の病や貧困について決して目を背けることなく、厳しい現実の問題を直視する。しかし、それを捉える映画の視点は『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』のようにとても優しく、静かで、美しい。ちなみにこちらも劇伴は前述したキーガン・デウィット。

 ブレット・ヘイリー監督は『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』公開時のパンフレット内のインタビューで、「僕は、人が観てほっこり笑顔になり、素直になれる、そういう映画を作りたいと思ってる。観客が映画を深く感じられ共感し、勇気を与えられる様な映画をね」と発言している。彼はこの発言通りの映画を撮り続けている。落ち込んでいる時、悩んでいる時、彼の映画を観ると少しだけ前向きに、そして優しい気持ちになれる。本作はもちろん、ブレット・ヘイリー監督の作品はどれもオススメです。

Cinema Cocktail

文 | Ryo (Bartender)
写真 | Reina Watanabe (Photographer)

Hearts Beat Loud ハーツ・ビート・ラウド

[材料]
オレンジ漬込みウォッカ 30ml / トニック・ウォーター 適量 / ソーダ 適量 / 蜂蜜 1ts / ミント / ライム 1/8cut

[手順]
01. グラスに氷を詰める
02. オレンジ漬込みウォッカを注ぐ
03. 蜂蜜を少量入れ、よく混ぜて馴染ませる
04. 漬込んだオレンジを入れる
05. ソーダとトニックウォーターを1:1の分量で注ぐ
06. ライムを絞りステアする
07. ミントを飾る

Screen Surfing September 2020『ハーツ・ビート・ラウド』 | Photo ©Reina Watanabe

 CINEMA COCKTAILレシピ、第3回は元ミュージシャンでレコード店を営むシングル・ファーザーと夢を追う娘を描くヒューマン・ドラマ『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』。進学、就職など誰にも訪れる変化、親子の絆、淡い恋心を音楽が包み込んでくれる作品です。劇中、父フランクの「人生に悩んだときに芸術は生まれる」というセリフが印象的でした。音楽がそばにあることによって踏み出せる一歩を思い出させてくれる、そんなこの映画をイメージしたカクテルをご紹介いたします。

 使用するのは自家製のオレンジウォッカ!市販のオレンジ・フレーヴァーなウォッカとは一味も二味も違った一酒です。一般的にはブランデーやラムで作りますが、ドライフルーツそのものの風味を味わうためにウォッカで漬込みました。オレンジの爽やかな香りとほのかな苦みが特徴です。また、寝かせる期間を長くする事でよりビターで深みのある味わいに変化し、漬込んだばかりの若いころとは違った顔を見せてくれるでしょう。自前で漬けたお酒で作るカクテルは、他とは違った思い入れのある一杯になるのではないでしょうか。旅立ちの日の、少しほろ苦くも大切な時間を思い出しながら傾けてほしい、そんなカクテルです。

Playlist for the Movie

文 | Yama (Vocal)

 生活の中に音楽があることの喜び、歌がもたらすポジティブなバイブス。『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』を見た余韻はそんな感じ。物語中にもあるように日々の暮らしはうまくいかないことばかり……ってのが常ですが、ふとした瞬間に音楽や映画がタフな日常への抵抗手段になったりする経験は誰しもあるんじゃないでしょうか。今回のプレイリストはそんな力強い映画の余韻を拡張してくれるような楽曲が揃いました。

 劇中に登場した父娘バンド“We’re Not A Band”のオリジナル曲の他、お父さんが営んでいたレコード・ショップ“レッドフック・レコーズ”に並んでいたレコードからもいくつかセレクトしております。この親子がインスピレーションを受けた音楽集……なんて想像をしながら聴くのも楽しいかもしれません。

 え?Half Mile Beach Clubの曲が混ざってるって?それはこの映画を野外上映した昨年の夏、上映前にmaco marets君と演奏した思い出がある曲でして、この映画のフランク・フィッシャー(ニック・オファーマン)を見てたら「個人の私情もないまぜにした無邪気な選曲もアリかな」なんて思ってしまったわけです。流れで聴くとこれが意外と悪くない!ってのは手前味噌ですかね。まあ物は試しということで、まずは聴いてみてください。

Post Script

 『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』は昨年9月のHalf Mile Beach Clubでも野外上映した作品。晩夏の逗子の風に当たりながら鑑賞したニューヨーク・ブルックリンの音楽好きな父と娘の物語は、当日出演して頂いた、けものさん、maco maretsさんのライヴの余韻も相まってとても心地の良い思い出です。

 今年は残念ながら夏の「Half Mile Beach Club」開催を見送る形となりそうですが、例年の夏開催の模様はオフィシャル・サイトの写真アーカイヴからご覧いただけますので、ぜひチェックしてみてください。それでは、また来月お会いしましょう。

Half Mile Beach Club ハーフ・マイル・ビーチ・クラブ
Twitter | Instagram
https://www.half-mile-beach.com/

2013年結成。神奈川・逗子を拠点に活動する音楽プロジェクト。拠点の逗子にて、映画上映とライヴからなるイベント「Half Mile Beach Club」を主催。主催メンバーはバンド形態での音楽活動をはじめ、DJ、写真、オリジナル・カクテルの作成など多岐に渡り活動中。主催イベントにはこれまで、DYGL、iri、jan and naomi、maco marets、marter、Maika Loubté、Yogee New Waves、けものなど様々なアーティストが出演。またバンドとしては2018年に1st EP『Hasta La Vista』、2019年に1stアルバム『Be Built, Then Lost』をリリース。今年8月19日にはSpotifyでPodcast「Podcast “AGITA” 2020年8月号」を公開。