Column | Screen Surfing October 2020『ベイビー・ドライバー』


By Half Mile Beach Club

Introduction

文 | Mafuyu (Guitar)

 毎月1本の映画をテーマ作品としてチョイスし、その映画に因んだ音楽プレイリスト、特製シネマカクテルのレシピなど、HMBCメンバーによるレコメンドテキストと一緒に掲載する“Screen Surfing”。

 第4回目となる今回は『ベイビー・ドライバー』をテーマに、作品の紹介文、同作をイメージしたメンバー選曲による楽曲プレイリスト、特製シネマカクテルのレシピを掲載しています。

 「カー・アクション映画と見せかけたミュージカル映画」と以下の映画評でShinが書いている通り、ビートとシーンが同期した演出、キャラクターの感情を的確に捉えたポップ・ミュージックの選曲など、映画と音楽をミックス感覚で楽しめてしまう傑作『ベイビー・ドライバー』。柘榴の香る秋味カクテルと、サントラとはまた違う視点で選ばれたプレイリストと併せてお楽しみください。

今月の作品『ベイビー・ドライバー』

文 | Shin (DJ)

 突然ですが、読者にこんな経験はあるだろうか。晴れた休日の朝、ゴキゲンな音楽をかけて、最高の1日の始まりを予感したことが。或いはドライヴ中のシャッフル再生が絶妙にその時のムードに合ったグレイトな選曲でiPodを愛でたことが。それか、これ以上ない最悪な1日の終わり。「これを聴けば大丈夫」という1曲、そのたった1曲に救われて明日を迎えれたことが。きっと熱心な音楽ファンでなくとも、多くの人の日常にこんな日があるだろう。

 今回紹介する映画は『ベイビー・ドライバー』。以前紹介した『ショーン・オブ・ザ・デッド』を監督したエドガー・ライトが母国イギリスではなくアメリカ、ハリウッドで製作した作品だ。物語は至極簡単。強盗集団の逃がし屋ドライバーのベイビーが、強盗稼業から足を洗って恋人と人生を立て直そうとするカー・アクション・ムーヴィー。ね?簡単でしょ?

 けれどやはりそこはエドガー・ライト監督。一筋縄ではいかない。冒頭のカーチェイス・シーンからして何かがおかしい……。映画が始まって早々にベイビー含めた4人の強盗集団が銀行を襲って車で逃げるだけなのだが……。やたらと強盗集団の挙動は息がピッタリで映像のカットもテンポが良い。そして主人公のベイビー。車の中で自らのiPodから爆音で音楽をかけているではないか!しかもコイツ、強盗の最中だってのにやたらノリッノリじゃねえか……。そしてそのベイビーが聴いている曲と画面のシーンがシンクロする。曲調が変化すると同時に強盗集団の状況も合わせて変化していくし、曲の歌詞にも合わせて、それとな~くベイビーが歩いたりする。そして驚くべきことに、この映画はこのテンポ感と手法を保ったままエンディングまで続いていく。

 つまるところ、この映画はカー・アクション映画と見せかけたミュージカル映画だ。それも、ものすごーーく実験的な作品、といってもいいだろう。既存のポップ・ミュージックに映画のテンポを合わせる手法は近年では珍しくもないし、エドガー・ライト監督は初期の作品からこの手法を多様している。しかし、この映画の音楽演出はそれが行き過ぎてる。時に歌詞に合わせて、時にベースに合わせて、時に敢えてちょっと外した選曲をしてみたり。何から何まで音楽に合わせて映画が構成されている。そして冒頭からエンディングまで、その手法のみで構成されているといっても過言ではないくらいなのだ。

 映画全体がポップ・ミュージックのPVを観ているような感覚。しかし流れる音楽のジャンルも年代もバラバラなはずなのに、全体を通してはリズム良く、映画として破綻することもなく成立しているのが恐ろしい。1度観ただけでは勢いに圧倒されて気付かないが、2度、3度と観直すとその行き過ぎた音楽演出には感心を通り過ぎてドン引きしてしまうほどだ……。

 そんな変な映画といっても過言ではない『ベイビー・ドライバー』だが、こうした映画的な演出手法を度外視しても、色んな人に観て欲しいなと思う1本だ。それは、記事冒頭で述べたような経験が僕らの日常生活に溢れているから。

 信号待ちをしていて横断歩道の信号が青になったその瞬間、イヤホンからは歌い上げるシンガー、と同時に止めていた足を前に踏み出すあの感じ。家で歌詞を口ずさんだり、ドラムソロのタイミングで“エアドラムソロ”をしてしまったり。そして、聴けば恋に落ちたあの時の感覚を思い出してしまう1曲の存在や。作中のベイビーのように、ドライヴ中にただ音楽をかける時もあれば、聴いている音楽に自分が突き動かされる時もある。そんな“音楽の魔法”を映画化したのが『ベイビー・ドライバー』だ。きっとこの映画を観た後は大切な人と音楽を爆音でかけてドライヴへ出掛けたくなるだろう。それかこんな人もいるはず。免許の教習所に急いで予約してクラシックなiPodとウェリントン型のサングラスを買ってしまう人。僕がそうでした。

Cinema Cocktail

文 | Ryo (Bartender)
写真 | Reina Watanabe (Photographer)

BABY DRIVER ベイビー・ドライバー

[材料]
ジン 40ml / グレープフルーツジュース 90ml / フレッシュ柘榴ジュース 15ml / アンゴスチュラ・ビターズ 1dash / 塩 適量

[手順]
01. シャンパングラスのふちに塩でスノースタイルを作る
02. シェイカーにグレープフルーツジュース→柘榴ジュースの順に注ぐ
03. バースプーンで軽く混ぜる
04. ジンを注ぐ
05. シェイカーに氷を詰る
06. 氷の上からアンゴスチュラ・ビターズを垂らす
07. シェイクして先ほどのスノースタイルにしたシャンパングラスに注ぐ。

Screen Surfing October 2020『ベイビー・ドライバー』 | Photo ©Reina Watanabe

 CINEMA COCKTAIL第4回にして早くも監督被り!『ショーン・オブ・ザ・デッド』などで知られるエドガー・ライト監督の、音楽に乗りながら驚異の運転テクニックを発揮する若きドライバーの活躍を描くカー・アクション映画『ベイビー・ドライバー』。子どもの頃の事故の後遺症で耳鳴りに悩まされているが、音楽によって外界から遮断さえることで耳鳴りが消え、驚くべき運転能力を発揮する「逃がし屋」の青年ベイビーの運命を描く。劇中でのBlurやBeck、The Beach Boysなど数々の名曲と共に繰り広げられるカー・アクションは圧巻の一言です!

 シロップでは出せない、秋ならではの豊潤な酸味が味わえるフレッシュ柘榴を使用。ジンのジェニパーベリーの少し癖のある風味とグレープフルーツ・ジュースの苦みを塩をつけることで飲みやすい味わいに仕上げてくれます。アンゴスチュラ・ビターズはシェイクする直前に氷の上から垂らすことでちょうどよい深みを醸し出します。シェイクの際は振る回数を少し減らすことでグレープフルーツが水っぽくならないよう調整しましょう。スノースタイルを作る際はカットライムでグラスの淵を湿らせてから塩をつけると綺麗にしあがります。普段は甘いカクテルは苦手な方にこそ飲んでいただきたいさっぱりとした一杯です。

Playlist for the Movie

文 | Yama (Vocal)

 『ベイビー・ドライバー』のプレイリスト、実は少し悩みました。というのも、音楽映画である故に“Baby Driver”とSpotifyで検索すればサウンドトラックやファンによるプレイリスト等が既に数多く存在するため、劇中曲をセレクトするだけでは新鮮味がありません。この映画と音楽についてHalf Mile Beach Club(以下HMBC)らしい視点を持ち込んだプレイリストにしたいなと考えたワケです。

 そこで今回は主人公“ベイビー”の趣味である「セリフをサンプリングして音楽を作る」に注目してみます。ベイビー・ドライバーは『音楽ではない音』(例えば人のセリフ、機械の動作音、ちょっとした生活音など)をリズムよく配置、グルーヴさせることで音楽の一部にすることに成功しており、それが作品のチャーミング・ポイントにもなっているんじゃないかなと。ベイビーの趣味はこうした作品全体の構造を象徴しているようにも感じます。HMBCでもセリフをサンプリングして音楽の一部にすることがありますが、この手法のユニークな点は「曲に合わせて演奏したり歌唱するのとは異なるフィーリング」であり、そこに生まれる心地良い違和感は作品に新鮮味を与えてくれるのです。

 ということで、今回のプレイリストは物語の展開と楽曲のシンクロが印象深い劇中曲を前半に配置、後半はベイビーがボスのセリフをサンプリングして作った“Was He Slow”を境にセリフのサンプリングが印象的な曲をセレクトしました。映画と音楽の蜜月の関係をお楽しみください。

Post Script

 緊急事態宣言の解除から4ヶ月が経ち、9月にはクリストファー・ノーラン監督の新作『TENET』が公開されるなど、映画館も徐々に賑わいを取り戻してきました。映画館での映画鑑賞、そして新作映画についてあれこれメンバーや友人と会話する日常が戻ってきつつあることが喜ばしい限りです(今月のHalf Mile Beach ClubのPodcast番組「AGITA」でも『TENET』についての駄話をしているのでこちらもぜひ……!)。

 音楽イベントについても徐々に再開されてきておりますが、我々の活動拠点である逗子でも10月24日(土)、25日(日)の2日間に亘って『池子の森の音楽祭』が開催されます。Half Mile Beach ClubもDJ setで出演するので、感染対策は万全の上、ぜひ池子の森自然公園へ遊びに来てください!

 そしてHalf Mile Beach Clubは10月21日(水)にニュー・シングル『Surf Away』をリリースしました。今作はCOVID-19の影響を受け、フル・リモートで制作した楽曲です。1stアルバムの発売から1年、そしてCOVID-19以降の大きく変化した日常の中で、制作環境やサウンド・アプローチなど様々な試行錯誤を重ねた結果、新しいHalf Mile Beach Clubのモードが収まった1曲になっていると思います。海辺や都会、あるいは山中など、様々なシチュエーションで聴いていただけると嬉しいです。それでは、また来月お会いしましょう。

Half Mile Beach Club ハーフ・マイル・ビーチ・クラブ
Twitter | Instagram
https://www.half-mile-beach.com/

2013年結成。神奈川・逗子を拠点に活動する音楽プロジェクト。拠点の逗子にて、映画上映とライヴからなるイベント「Half Mile Beach Club」を主催。主催メンバーはバンド形態での音楽活動をはじめ、DJ、写真、オリジナル・カクテルの作成など多岐に渡り活動中。主催イベントにはこれまで、DYGL、iri、jan and naomi、maco marets、marter、Maika Loubté、Yogee New Waves、けものなど様々なアーティストが出演。またバンドとしては2018年に1st EP『Hasta La Vista』、2019年に1stアルバム『Be Built, Then Lost』をリリース。今年8月19日にはSpotifyでPodcast「Podcast “AGITA” 2020年8月号」を公開。